

こまつえめる/1984年東京都生まれ。2008年、『一鬼夜行』でジャイブ小説大賞を受賞してデビュー。著書に、新選組の無名隊士たちを描いた連作短篇集『夢の燈影』がある。
偏愛とは、「ある物や人だけをかたよって愛すること。また、その愛情」を意味する。これは、新選組好き歴十八年の私にぴったり当てはまる言葉である。
きっかけは覚えていない。ともかく(これだ!)とピンときた私は、ありとあらゆる関連書籍を読み漁った。当時は今ほどブームではなかったが、それでも数は多かった。その中で、司馬遼太郎作品を読んだのは、比較的遅い時期だった。
新選組をテーマにした小説といえば、『燃えよ剣』か『新選組血風録』のどちらかが挙がることが多いだろう。そんなメジャーであるにもかかわらず、真っ先に手に取らなかったのには理由がある。
新選組のことが知りたかった私は、毎日図書館に通い、検索機で見つけた本を頭から――つまり、五十音順で借りていった。その結果、両作にたどり着くのが遅くなったのだ。
先に手に取った『新選組血風録』は、十五の作品が収録されている短篇集だ。冒頭は、篠原泰之進を主役に据えた「油小路の決闘」である。
油小路の変は、慶応三年十一月に起きた、新選組の内部抗争事件だ。近藤勇率いる新選組が、分隊した伊東甲子太郎たち御陵衛士を一掃しようとしたのだが――そこに至るまでの事情は割愛するが、新選組は内部抗争や粛清が非常に多い隊だった。さらに次に載っている「芹沢鴨の暗殺」も、粛清にまつわる話だ。
新選組を調べれば調べるほど分かるのは、驚くほどに血腥(ちなまぐさ)く、ドロドロしている点だろう。司馬さんはそうした史実をモチーフにしつつも、実にさらりと描いている。だから、凄惨な事件が起きても、登場人物たちの動向や感情に心が動かされるのだろう。
時代小説は、史実をただ記したものではない。そこには多分に作者による創作が混じっているのだ。しかし、司馬さんの小説を読んでいると、虚実の判別がつかなくなることがある。物語だと承知の上で、(本当にこうだったのかもしれない)と思えてくるのだ。
そんな作家司馬遼太郎の説得力が存分に発揮されているのが、『燃えよ剣』だと私は思う。「土方歳三のイメージは?」と問われた時、大勢がこの土方を思い浮かべるに違いない。何しろ、この作品の土方はとてつもなくかっこいいのだ。
宿敵である七里研之助との戦いは、読者である私も拳を握りしめ、固唾を飲んで見守った。戦い一辺倒かと思えば、オリジナルキャラクターのお雪との純愛にはほろりとさせられた。『燃えよ剣』の土方は、実に人間臭い。泥臭く、熱く、バラ餓鬼と呼ばれていたほどやんちゃでありながら、ぞっとするほど冷徹だ。乱世を生き抜いた男の輝きが存分に描かれている。
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