俳優生活六十年の節目の年に挑んだ新作時代劇。 自らの歩みを振り返り、日々の新たな発見を語る――
少し古い話になりますが、僕は十二歳の時に東映京都撮影所で撮られた『父子鷹(おやこだか)』という作品で、映画デビューさせていただきました。ここの俳優会館にあるセットで、「よーい、スタート!」とはじまってから、早いものでもう六十年。奇しくも節目の年に、今回の『三屋清左衛門残日録』を同じ撮影所で撮影するということになり、何とも不思議なご縁を感じています。
時代劇映画の大物俳優・市川右太衛門の次男として京都に生まれ、父の主演する映画で勝海舟の子供時代を演じたことが、その長いキャリアの第一歩だった。以来、数々の映画、舞台、テレビドラマと活躍の場を広げ、七十二歳を迎えた現在も、各方面で意欲的な挑戦が続いている。そんな中、藤沢周平原作の新作時代劇の主演として、久しぶりに〈ホーム〉東映京都撮影所に立った。
この撮影所の長い歴史を、私は子供時代から垣間見てきました。大河内傳次郎さんがいらっしゃったり、片岡千恵蔵先生や月形龍之介先生がいらっしゃったり、初めてお目にかかった当時の感動は、とても言葉にすることができません。そういうかけがえのない環境で、僕は生まれ育ち、仕事をさせていただいてきたんだと、最近では身に沁みて分かります。
偉大なる俳優の先輩方のみならず、ものすごいスタッフの方々の汗、息遣いも含めて、それらをすべて見てきましたし、色んなことを教わったからこそ、ここまでやってくることができました。様々な思い出が走馬灯のように次々と甦ってきて、東映京都で仕事をする時は、ちょっと他所とは違った緊張感もありますし、より一層頑張らなくてはいけないとエネルギーも湧き出てきます。
藤沢周平先生の作品には、時代劇スペシャル『闇の傀儡師(かいらいし)』で一度、出演させていただいたことがありますが、それも三十三年前のことで、本当に時の流れを感じます。このタイミングで再び、自分の年齢にふさわしい藤沢作品と出会えたことも非常に嬉しいですよね。
この度、映像化される『三屋清左衛門残日録』は、かつて東北の小藩で前藩主の用人を勤めた、三屋清左衛門が主人公。藩主の代替わりにあたり、自らも家督を息子に譲り、望んで隠居の身となった。悠々自適の生活を考えていた清左衛門だが、どこか世間から隔絶されてしまったかのような寂寥感を覚える。そこでふと日々の出来事でも綴ろうと考えていたところ、親友の町奉行・佐伯熊太からある事件の相談を持ち掛けられ――。
三屋清左衛門という人物は、このうえなく自分の藩を愛し、市井の人々を愛し、日本の文化を愛し、ふと自分に立ち戻った時に、自分の役目とは何だろうと考え、それを全うしようと努力している気がします。それはある意味で理想の生き方ではないでしょうか。
ドラマの中では少し早いけれど役目を自ら辞し、隠居に入るわけですが、一線から身を引くというのは、実は勇気のいることですよ。自分の仕えた藩主が亡くなって新しい藩主の代になった時点で、全体のバランスを考えると、もう一年だけは自分が残ったほうがいい、けれどその一年を終えた後にもう大丈夫だろうと退いた。そういう判断ができるのは、清左衛門がきちんとした大人だからです。
年齢を重ねても大人になりきるというのは、僕もその一人かもしれませんが(笑)、なかなか難しい。でも父の世代の方々というのは、その姿を見ていても、映像で観ても、非常に大人でしたよね。それがどういう風に培われてくるのか、自分なりに探っているんですけれど、こういう役を演(や)らせていただけるということは、やっと僕も大人の役者に近づいてきたということなのかもしれません。
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