- 2014.12.24
- 特集
すれすれとぎりぎり
赤瀬川さんや新解さんのこと(後編)
文:鈴木 眞紀子 (「新明解国語辞典の謎」(「文藝春秋」連載)担当編集者・新解さん友の会会長)
『新解さんの謎』 (赤瀬川原平 著)
ジャンル :
#随筆・エッセイ
「命を預っている使命感があります」
最後にお目にかかったのは、今年の九月でした。長い間、どうなさったかな、どうしたらいいのかな、と思っていました。脳出血や肺炎で入院なさり、これはもう気楽に「いかがお過しですか」どころではないのです。九ヵ月入院なさり、その後ご自宅にお戻りになり、奥様の尚子さんが、ずっと付き切りで看病なさっていました。
今はなんだか、うやむやになって、なんとなく無かったことのようになっていますが、わたしは書く。「Free&Easy」という男性誌の二〇一四年六月号で、安西水丸さんへの追悼文を、編集者が赤瀬川さんに「なって」、勝手にうんと下手な文章を作って(捏造して)掲載しました。その頃赤瀬川さんはご自宅に戻り、「命を預っている使命感があります」と、奥様が大切に看病なさり、一日一日お二人で命をお守りになっていた。
ご本人がご執筆できる状態ではなく、まして取材に応じられる状態でないときに、よくもあんな程度の低いことができたものだ。奥様のお悲しみを思うと、どうしたらいいかわからない。この後も、あんなことをした人物は平気で世渡りしていくのだろうか。そうだとしたら相当の畏れ知らずだ。ずっと忘れないからね。
お目にかかりたいな、でも、お元気でない時にお目にかかってはいけないかもしれない。どうしたらいいのか、と思っていた時に、毎日新聞に記者の方が赤瀬川さんに会いに行ったというルポが、五月に三回に渡って掲載された。
「ああ」
と、思いました。お許しいただけるなら、わたしもお目にかからせていただこう。そう思いました。奥様にお願いすると、
「ええ、どうぞ。来て下さい」
と、お許しいただき、わたしもまた何年か振りでニラハウスにうかがったのでした。五月のことです。
ベッドの上の赤瀬川さんにお目にかかるのは、初めてだったし、こういう時どうしたらいいのかな、えーとえーと、と思いました。
「こんにちは。文藝春秋・鈴木眞紀子です。うかがいました。長い間ご無沙汰していて、申し訳ありませんでした。うんとお世話になったのに、すみません。わたし、なんだか遠慮してしまって。お目にかかったらいけないような気がしていて。でも、もう遠慮するの止めました。お目にかかりたかったから、今日うかがいました」
赤瀬川さんの目を見て、そう申し上げました。
「あのね、ちゃんとわかっているのよ。全部わかっているの。眞紀子さんだよ。眞紀子さん来てくれたよ、わかるね。今日、眞紀子さんが来てくれるから、朝からお風呂に入ってさっぱりして待っていたの」
奥様は優しくそう言って、赤瀬川さんの手をさすり、
「わたし、一ミリでも良くなってもらいたいと思って毎日過しているの」
と、おっしゃいました。わたしは、こんなに美しい「ミリ」という言葉の使われ方を、聞いたことがなかった。赤瀬川さん、人生大成功ですね。すばらしいことですよ。
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