2014.08.23 書評

『ゆで卵の丸かじり』解説

文: 久住 昌之 (マンガ家・ミュージシャン)

『ゆで卵の丸かじり』 (東海林さだお 著)

 大変だ。

 締め切りが近づいて、後悔している。

 こんな大それた原稿を引き受けるんじゃなかった。

 ボクごときが。

 解説なんて。

 しかも、かの、日本全国にシリーズ最新作を熱望しているファンを持つ、東海林さだお先生の「丸かじりシリーズ」の解説を!

 まいった。

「ようよう、いつからそんなにエラくなったんだ」

 もう一人のヤクザな自分がアタマの中で脅かす。

 なんて。

 東海林さんの真似をして改行を多くして、ごまかしている場合ではない。

 でもこの際、正直なことを告白して、乗り切るしかない。

 正直に書きます。

 大学生の頃、東海林さんのマンガを面白いと思わなかった。

 東海林さんのサラリーマンモノのマンガを、

「オヤジ臭い」

と思っていた。

 若かった。ファンの皆さん、怒らないでください。

 いいや、怒ってもいい。怒られるような、調子づいた若者でした。

 今は思い出しても当時が恥ずかしい。当時の自分に、

「お前、アオいよ。お前に何ができる?お前なんてまだなんでもないだろう!」

と言って、アタマを小突いてやりたい。

 大学生でロックバンドをやっては、酒ばっかり飲んでいた頃でした。マンガもちょっとは読んでいた。

 マンガのついでに、東海林さんのエッセイも、オヤジっぽいと思ったりしていた。

 というのは、東海林さんのラーメンを食べるエッセイを読んだら、チャーシューを異様に大事にしていたのだ。ボクは「世代が違うな」と思った。「ラーメンのチャーシューなんて小さな肉片がそんなに大事か」と思った。「これは戦後の世代なんだな」とか、さらに知ったようなことも思った。エッラソーに。バカだ。

 ボクもラーメンは若い頃から大好きだったが、当時すでにチャーシューよりも、シナチクが美味しい時に嬉しかった。チャーシューメンを食べている人なんてちっとも羨ましくなかった。むしろ「肉、邪魔」とさえ思っていた生意気な奴だった。

 と、この本を全部読んでからここを読んでいる人は「ちょっと待て、クスミ!」と思うかもしれない。

 わかっています。話が前後するけど、本書のP.198で東海林さんは、ラーメンの具が一種類しかのせられないとしたら、という話で、

「若いころだったら迷うことなくチャーシューです」

と書いている。今はメンマだと書いている。そこを読んだときボクは正直ちょっと嬉しかった。なんだかわかんないけど、ホッとした。

 ちなみにミュージシャンの矢野顕子さんの名曲『ラーメンたべたい』を、初めて聴いたとき、その歌詞の、チャーシューもナルトもいらない、でもネギは入れてね、というところに、「ですよね!ですよね!」と快哉を叫んだものだ。矢野顕子さんは「こっち側だ」と思ったわけです。はい、まだ当時ボクは東海林さんを「向こう側」だと感じていたんですね。

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ゆで卵の丸かじり
東海林さだお・著

定価:本体530円+税 発売日:2014年07月10日

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