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第152回直木賞候補作(抄録)<br />木下昌輝『宇喜多の捨て嫁』(文藝春秋)

第152回直木賞候補作(抄録)
木下昌輝『宇喜多の捨て嫁』(文藝春秋)

木下 昌輝

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

 後藤家の嫁取奉行が、なぜこのような不吉な名前を列挙するのか。

「後藤家は宇喜多直家の娘である於葉を歓迎しない」という明確な意思表示だ。

「それにしても宇喜多直家(和泉守)様の調略は凄まじいの一言」

 ほとんどの碁石が朱色に変わった畳の上を見て、安東相馬が重々しく言葉を発した。値踏みするような視線が、於葉の体にまとわりつく。於葉は己の動悸を必死に隠して、その眼を見つめかえす。

「碁に捨て石という考えがありもうす。一石を敵に与えて、それ以上の利を得るというもの。あるいは将棋の捨て駒。血のつながった娘を嫁がせ、油断させた上で寝首をかく宇喜多直家(和泉守)様のご手腕は、まさにこの捨て石や捨て駒のごとき考え」

 於葉は、この老人にひるんでいる己を自覚した。

「そう、正室や己の血のつながった娘さえも仕物に利用する。これを言葉にするならば、捨て石ならぬ……」

 安東相馬が仰々しく天井を見て、一拍置いた。

「捨て嫁」

 罠にかかった獣の息の根を止めるような、ゆっくりとした言葉遣いだった。べったりと侮蔑の意思が込められている。それは於葉の心胆を貫くに十分な威力を持っていた。足が震えている。もしかしたら、後藤家の家臣、小者、侍女、妾、そして夫となる後藤“左衛門尉(さえもんのじょう)”勝基(かつもと)らはみな於葉のことを“捨て嫁”と呼んでいるのかもしれない。そう考えると天地が揺れたかのような不快感が全身を襲う。

 於葉がこの場を逃げ出さなかったのは、踏みとどまったのではなく、すくんでしまったからだった。

「おお、そういえば浦上家のご嫡男の奥方――確か小梅様も姫の姉君では」

 わざとらしく安東相馬が手を打ってみせた。

 浦上家に対して叛旗を翻した宇喜多直家だったが、あっけなく下剋上は失敗した。あろうことか、無様にも謝罪して投降。誠意の証しとして自分の娘の小梅を主君の嫡男に差し出したのだ。

 ――次に宇喜多直家が狙うのは三女の小梅が嫁いだ浦上家か。

 ――それとも四女の於葉が嫁ぐ後藤家か。

 そう安東相馬は皮肉を述べているのだ。

 於葉は、後ずさろうとする体を必死に押しとどめた。三女の小梅は、於葉にとって特別な存在だ。母とふたりの姉を失った幼い於葉を何かと面倒を見てくれたのが小梅だった。気遣いは於葉に対してだけではなかった。翁(おきな)や老婆(ろうば)の能面をつけて、いつも皆を笑わせて、場を明るくしようと心を砕いていた。

「安東様、あまりにも無礼がすぎますぞ」

 たまりかねて後ろに控えていた侍女が口をだした。

「いや、これは失礼。老人の妄言、気になさるな。ただ、自害され気の病に倒れた二人の姫と母御の末路を考えると」

 白々しく語尾を濁して、安東相馬は悪意のある笑みを顔面に貼りつける。左の火傷痕が蠢動(しゅんどう)していた。

冒頭部分を抜粋

宇喜多の捨て嫁
木下昌輝・著

文藝春秋 定価:本体1,700円+税 発売日:2014年10月27日

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オール讀物 2015年1月号
直木賞候補作発表
全5作冒頭抄録 全候補作家インタビュー

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