「宇喜多の捨て嫁」――この木下昌輝の中篇が第九十二回オール讀物新人賞の受賞作であるという。
嘘ではないか?
この作品は、既に歴史・時代小説の十年選手が書くレベルに達している。新人賞の選考故、きびしい意見が出るのは当たり前だ。だが、私はその中で次の二人の選考委員に与する者である。
篠田節子いわく「戦国武士の論理の中で描かれる物語は、最後まで緊張感が緩まず、リーダビリティーは高いが決して通俗的ではない」。
森絵都いわく「一筋縄ではいかない人物たちが迫力たっぷりに絡み合う、緊張感あふれるストーリー展開は貫禄をも感じさせる」。
“宇喜多の捨て嫁”という題名の由来は、碁に捨て石というものがあるように、血のつながった娘を他家に嫁がせ、油断させた上で寝首をかく宇喜多直家の謀略のこと。
いま正にその“捨て嫁”にされんとしている四女於葉の母富は、夫が父を仕物(暗殺)したという凶報を聞き、自害して果て、於葉の姉二人は敵同士として戦うはめになり、滅びた松田家に嫁いだ長女の初は自害し、滅ぼした側に嫁いだ次女の楓は精神が錯乱してしまった。
この自分の娘を道具として扱う梟雄宇喜多直家を、作者は実に端的に表現している。
それが、直家のかかっている“尻はす”という奇病である。体に刻み込まれた古傷が腫物に変じ、そこから血と膿が大量に滲み出るというもので、衣類は数刻で固まる。穢れた血膿――それは直家の謀略で死んでいった者たちの怨恨を思わせるではないか――を噴き出す様子が汚物を排泄する尻を連想させるので“尻はす”というのだそうな。
下克上の中から生み出された直家には、それこそ、ふさわしい烙印といえはしまいか。
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