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さようなら 宇江佐真理さん、杉本章子さん<br />《思い出を語る》中村彰彦×諸田玲子

さようなら 宇江佐真理さん、杉本章子さん
《思い出を語る》中村彰彦×諸田玲子

出典 : #週刊文春

作品に表れる人柄

中村 宇江佐さんは、ご主人が大工さんということもあって、気遣いがあって、気風(きっぷ)もいい。それが小説にも出ています。杉本さんも『東京影同心』に出てくる芸者さんの粋なセリフ回しなんかに彼女自身の潔さのようなものがよく表れていると思う。

 2人とも江戸の市井ものが多かったから、多様な人物を配置してその人間群像を描くわけだけど、人間模様のうねりを水面下でつくっておいて、最後にそれが解けていくような構成にするタッチというか、丁寧さは共通しています。

諸田 そうですね。ただ、私にはお2人とも江戸の人情ものを書くことへの負い目もあったんじゃないかと感じられて……。

中村 負い目?

諸田 宇江佐さんは北海道に住んでらしたから、江戸の町のどこを曲がって、と書くのを「私が書いていいのかしら?」と悩んでらっしゃる時期がありました。

 また、杉本さんは会社勤めの経験がなく、自分は世間知らずで苦労をしていないということを何度もおっしゃるんですよ。でも、人情ものというのは人間の機微を書くことが大事なわけで、お互い、負い目があるからこそ、考えに考えてきめ細かく書けたのではないかなと想像するんです。

おこうは、金物問屋・金長に嫁ぐものの、子供が出来ぬ間に、夫の浮気相手に子供が出来て離縁されてしまう。実家に戻っても居場所はなく、縁あって口入れ屋・三春屋の主となることに。そこで出会う人々を通して変わっていく、おこうの人生とは――。

中村 なるほど、よくわかります。杉本さんが昨年出された『起き姫 口入れ屋のおんな』にはかなり気性の強い女性が登場しました。杉本さんがこんな人物を書いたのは初めてだと思うんです。その造形には医者とのやり取りの中で様々な治療や抗がん剤を拒否して執筆を貫いた、彼女自身の生き方が色濃く出ているんじゃないかと推測しています。

諸田 宇江佐さんが最後にお書きになった伊三次シリーズ「青もみじ」(オール讀物2015年10月号掲載)も病床で書いたとは思えないほど素晴らしい出来でした。

中村 やはりお2人とも最期まで命を削って小説に向かっていた。本当に作家らしい作家だったなという気がします。惜しい2人を喪いました。

諸田 同じ頃に病気になって、同じ頃に死ななくても、と思いますよね。でも、2人は一緒に戦ってたんでしょうね。

中村 これだけ長寿の時代に、他のなによりも小説を優先して根を詰めていたんでしょう。

諸田 杉本さんがホスピスで書いていた『カナリア恋唄』がまもなく出ますし、宇江佐さんは今年始まる新聞連載の原稿を最後まで全部書きおえていたそうです。

中村 作家の執念としか言いようがないですね。

諸田 だからこそ、そんなお2人の小説が今後も読み継がれていけばいいなと心から思うんです。

中村 そうですね。今日はお2人の思い出話ができて本当によかった。

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