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“お友達”官邸主導ナショナリズムは、まるで参謀本部だ

“お友達”官邸主導ナショナリズムは、まるで参謀本部だ

文:半藤 一利 (作家)

『ナショナリズムの正体』(半藤一利・保阪正康 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

 が、わたくしのような隠居爺いと違って、この国の政治・経済・文化などの第一線で働いている普通の人たちはまったくそうは考えていないらしい。「世はなべてコトもなし」というように現実は滔々と流れている。ただ一人ないしそれをとりまくごく小グループへの極端な権力の集中は、独裁国家への門戸をひらくことになる。それは歴史がいくらでも証明してくれる。戦前・戦中日本の参謀本部作戦課そのものなのである。そしてその状況下で、都議会議員選挙で完敗しようと「国政には影響なし」と憲法改正の日程は着々と進められている。これがどんなに危険な言いくらましに満ちていることか。「自衛隊に誇りを」という口当りのいい改正論は、つまりは情緒論にすぎない。国防という国家の大事に関する論議は、いっそうの冷静さと合理性が求められるのに、情緒で憲法を変えようとするのは、きわめて危険な詐偽的な発想なのである。国民よ、核心をはぐらかす虚構の言語に、ただ大勢順応で流されることなかれ。それは少しも歴史に学ばない、ということなのである。そんなことをいま毎日のように呟いている。

 本書を最初に世にだしてから三年たったいま、有難いことに文庫としてより多くの人に読んでもらえるという。思えば、この対談を真剣にやっているときは、領土問題をめぐって中国や韓国の外圧があり、集団的自衛権が大問題となっているとき。それからたった三年しかたっていないのに、わが日本国のありようは本書の内容を吹けば飛ぶくらい軽いものにしている。いま、わたくしたちが直面していることはもっと深刻である。最高権力者は身近な人間を寄せ集めた“参謀本部”をつくり、官邸主導の政治でナショナリズムを進めている。ほんとうにそう思う。ときに新聞などで「民主主義の落日」といった言葉を目にすることもあるが、その憂いをわたくしもともにしている。

 いまの政治権力がこれほどまでに驕り高ぶってまかり通っているのは、なぜ、なのか。 議席の三分の二という圧倒的な数の力がこれほどモノをいうとは。まさに「民主主義の落日」といえる。数によって政治指導者に過大な権力を与えると、政治の多元性は失われ、権力にたいする抵抗や制限はあれよという間に弱まってしまう。民主政治のもとで自由が失われるパラドックスがここにある。

 もうあの世からの招待状が道半ばまできている隠居なのであるから、これからはのんびりと好きなことを書いていようと思っていたのに、そうもしていられないのか。もう少し余計なことを申さねばならないのかと、足腰をさすりながら少しばかりガッカリしている。それが本書をふたたび世に問うに当ってのウソではない感想である。相棒となってくれている保阪正康氏は、わたくしと違って闘志満々で、筆戦をこの対談が終ったあともずっと頑張ってつづけている。彼に尻を叩かれて、の思いもあるが……。

 平成二九年(二〇一七年)七月七日

文春文庫
ナショナリズムの正体
半藤一利 保阪正康

定価:803円(税込)発売日:2017年09月05日

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