平成二四年(二〇一二)四月、自民党は他党に先駆けて条文の形で「日本国憲法改正草案」を発表した。もちろん、第9条の論外の改悪は断固として許すことはできないが、それに比敵するくらい第21条の条文には愕然(がくぜん)となった。その後でまさしく怒り心頭に発し、それを報道しただけの新聞に罪はないのに、ビリビリ引き裂いてしまったほどとなった。
その第1項は、いまの憲法とほとんど変わりはなく、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障」している。が、そこに付せられた第2項はいったい何たることか、とうてい黙許しがたい文言がならんでいる。写すのもけがらわしいことであるが、引用しないことには読者にはわからないゆえ、泣く泣く写すことにする。
「2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」
実は、この「公益及び公の秩序」の文言は、草案の随所に出てくるのである。自民党草案の根本の狙いがここにあることがよくわかる。そして第21条の場合、自民党は言論の自由を制約したり取り締まったりするものでは決してなく、「差別報道、ネット上の中傷や名誉毀損」などが対象である、と麗々しく説明しているが、何をおっしゃるおサルさんなのである。この場合の「公益」「公の秩序」とは、いくらでも広げて解釈が可能である。要するに「権力者の利益」と同義であり、それに反するものは「認められない」すなわち罰せられる、弾圧されることになるのはもう明らか。そのことは昭和史にある歴史的事実が証明している。
昭和改元から昭和二〇年八月までの昭和史の二〇年間において、言論と出版の自由がいかにして強引に奪われてきたことか。それを知れば、権力を掌握するものがその権力を安泰にし強固にするために、拡大解釈がいくらでも可能な条項を織りこんだ法をつくり、それによって民草(たみくさ)からさまざまな「自由」を巧みに奪ってきたことが、イヤになるほどよくわかる。権力者はいつの時代にも同じ手口を使うものなのである。
長年私は、日本近代史とくに昭和史に打ちこんできた。そして昭和史から何を学ぶべきかについて、拙著『昭和史』(平凡社ライブラリー刊)で五つの教訓として示した。簡約して箇条書きにしてみる。
1.国民的熱狂をつくってはいけない。そのためにも言論の自由・出版の自由こそが生命である。
2.最大の危機において日本人は抽象的な観念論を好む。それを警戒せよ。すなわちリアリズムに徹せよ。
3.日本型タコツボ社会におけるエリート小集団主義(例・参謀本部作戦課)の弊害を常に心せよ。
4.国際的常識の欠如にたえず気を配るべし。
5.すぐに成果を求める短兵急な発想をやめよ。ロングレンジのものの見方を心がけよ。
そして、この中で何がいちばん大事かと問われれば、あえて私は、言論の自由・出版の自由が権力者をあらぬほうに走らせないために最重要なことと考えている、と答えたい。ジャーナリズムの健全さ、自由闊達さこそが政権のあり方を監視し、制限し、国家を支えるための根幹なのである。
本書は、昭和史においてそのジャーナリズムがいかなる事由があって健全さを失っていったかについて、保阪正康氏と縦横に、それこそ自由に長時間語り合ったものである。あるいは少々気儘(きまま)にすぎるぞとのお叱りがあるかもしれないが。そしていま、あらためて、言論の自由とは欲するべきことをきちんと発言でき、欲しないことをなすように強制されないことである、といういわば当然のことを二人して確認し合ったのである。
それにしても現今の日本、健全なジャーナリズムどころか、周りにかわされているのは烈しく単純な悪態の言葉、言論の自由とは縁もゆかりもない怒りと憎悪の感情のぶつけ合いばかりである。日本人は公正な考え方より空気や現象で動かされやすいもの、困ったものよ、と最後には大いに歎くことになってしまったのが残念であったが。
平成二五(二〇一三)年 八月一五日
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