2017.09.20 別冊文藝春秋

『夢見る帝国図書館』中島京子――立ち読み

文: 中島 京子

電子版15号

「別冊文藝春秋 電子版15号」(文藝春秋 編)

 一度だけ、喜和子(きわこ)さんといっしょに国際子ども図書館に行ったことがある。

 彼女が新しくなったあの建物に足を踏み入れたのは、たった一回のことだ。

 もちろん、わたしの知らない間に行っていないともかぎらないけれども、行く前にあれだけ拒否していて、行ったあとも「また行く」とは言わなかったから、あれが最初で最後である可能性は非常に高い。

 喜和子さんと会うのはそう頻繁ではなくなっていたけれど、たまたま上野の美術館の展覧会に行く予定があって、久しぶりに会ってみたくなり、わざわざ葉書を出したのだった。夏の暑い時期で、熱中症を起こしそうな天気が続いていたから、喜和子さんの家や炎天下の公園はやめて、建物の中で会いましょうと書いて送ったら、

「じゃ、上野の図書館の中で」

 という返事が来た。

 その夏、国立西洋美術館で開催されていたのは、コローの展覧会だった。ルーブル美術館から「モルトフォンテーヌの思い出」「青い服の婦人」「真珠の女」という名作が貸し出されていて、鳴り物入りで宣伝していた。たしか、いっしょに行かないかと最初の葉書で誘ったはずだけれど、喜和子さんのほうは興味が持てなかったのだろう。

 展覧会場を出て藝大のキャンパスを横切り、図書館のほうへ曲がろうとすると、交差点の角のコンクリートの建物の前で、喜和子さんは腕を後ろに組み、じっと立っていた。

「喜和子さん」

 声をかけると一瞬びっくりして、あらやだとかなんとか言いながら彼女は振り向いた。「早く着いたなら、建物の中で待ってたほうが涼しいのに」

 と、わたしが言うと、彼女はちょっと唇を尖らせて不満の意を表明した。

「だって、いまとなっては、こっちのほうが懐かしいんだもの」

「こっちって?」

「これこれ」

 そこにあるのはなんだか国会議事堂を小型にしたような、頭のてっぺんに四角錐を載せた倉庫めいた建物で、そういえばいつも側を通るときに気になってはいるのだが、改めて何なのか考えてみたこともなかったものだった。

「なんですか、これ」

「あら、知らない? 駅よ、駅。博物館動物園駅って京成電鉄のね、上野と日暮里の間にあるの。ついこないだまで使ってたわよ。十年くらい前かな、やめちゃったのは」

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