調べてみるとその駅が最終的に廃止になったのは、コローの展覧会のあった年のほんの四年ほど前のことで、もちろんさらに遡ること七年くらい前から使われてはいなかったそうだが、駅自体は解体されずにいまもその地下に保存されている。日暮里から京成線に乗れば、駅構内を車窓から眺めることができるらしい。
「あのね、ホームが短いのよね。だから、間違って端っこの車両に乗ると、降りられなくなっちゃうの」
喜和子さんは嬉しそうに解説した。
壁には子どもたちを喜ばせようとしてか、ペンギンやゾウの壁画があるのだけれど、駅自体が古くて暗い所へもってきて、その壁画もなんだか煤けていて悲しげなので、だんだん気味悪がられるようなことになっていって、夜になるとペンギンやゾウが壁から抜け出て徘徊するという噂も流れ、本来の目的とはまったく違う形で、近隣の子どもたちには忘れがたい存在ともなっていたようだ。
「この駅、よく使ってたんですか?」
「広小路で働いてたころに、何度か乗ったことがあったかな。日暮里の反対側に住んでてね。もうかれこれ、二十年くらい前の話よ」
そんなことを話しながら、わたしたちは道を渡り、子ども図書館へ向かった。
上野公園の外れにあるルネッサンス様式の建物は、ベージュと明るいグレーの化粧煉瓦をフランス積みにした三階建てで、美しい草色の銅板屋根が載っており、緩いアーチをてっぺんにつけた大きな窓がついている。その洋風建築の手前にガラスケースが置いてあるようなデザインなのだが、そのガラスの箱に見えるのが、新設された入り口になっている。
その前に立つと、喜和子さんは少し決意したような深呼吸をした。そして、わたしたちはいっしょに自動ドアを抜け、受付のお姉さんたちに会釈されて、古い、しかしきれいに補修されて磨き上げられ、真新しくさえ見える建物に入った。
入るなり、彼女は誰もいない階段のほうへ歩いていき、それから、やっぱりねと言いたげな表情をして、
「地下がなくなっちゃったわ」
と言った。
「地下?」
「どうなってんのかねえ、地下。少なくとも、一般の人が出入りできる地下はなさそうだわね。前は地下に食堂があったの。美木屋さんて言ったかな。ライスカレーとか親子丼なんか、おいしかったのよ。それから床屋さんもあってさ」
「床屋さん? 図書館に?」
「図書館の人が行くみたいなのよ。で、行くと髪型がみんなおんなじになっちゃうの。だから、図書館勤務の男の人はすぐわかったわよ」
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