弱虫の裏返しのような強情っぱりだったから、謝り時もわからず、声をからして泣き続けた……。幼い日の自分が、おこうにはおかしくもあり、いとおしくもあった。
「この先も、涙をこぼしてみて、それではじめて世間が一つわかるのかもしれない。でも、きっと弱音は吐きませんから」
冒頭から引用になってしまったが、これは本書の第一話で、口入れ屋「三春屋」を引き継ぐことになる主人公のおこうが先代の女主人おとわに覚悟を述べる場面だ。本文庫に杉本章子さんの遺作の短編が収められていること、生前の章子さんのお人柄や作品の数々――偉そうに言えるほどお会いしていないことはお許しいただくとして――を思い合わせれば、「弱音は吐きませんから」という台詞こそが、章子さんご自身の生き方、そして小説への真摯な思いを端的にあらわしているように思える。
起き姫とは起き上がり小法師。一寸ほどの張り子細工の豆人形で、墨でちょんちょんと目鼻が描かれ、着物に見立てた赤い絵の具が塗られている。三春屋の守り神だ。
本文庫の八話(単行本収録の七話に未収録の一話を加えたもの)は、おこうとおこうに縁ある女たちが起き姫のように転んでも倒されても起き上がって自分の居場所を見つけてゆく物語である。
金物問屋「金長」の嫁であったころのおこうは、「ただただ耐えてみせてただけ」と自ら述懐しているように、周囲も自分も偽って生きていた。
「夫に浮気されたあげく、子供までできて、それでもおとなしく辛抱していた。いえ、それどころか、さっさと身を引こうとした。こんなあたしのどこが悪いのと、自分でそう思ってた」
離縁して実家へ戻れば戻ったで兄夫婦に大事な蓄えを奪われてしまい、結局は居場所を失って出てゆくはめに陥る。読んでいてもどかしいほど、おこうは従順で、自分を主張できない。ひと時代前までの女たちの大半は、それが美徳だと思い込まされていたのだ。
けれど、すべてを失って一念発起、おこうは「人様と人様の結び目になって、それでおまんまをいただく小さな商売」――口入れ屋をはじめて、様々な男女とかかわってゆく。対照的なお島とお雪の生き方、明暗に分かれた二人の顛末や、理不尽な目に遭いながらも自分の居所を見つける米吉やお徳、お久米やお関という年配の女たちの抱える悩みや戸惑い……商売は必ずしも上手くゆくことばかりではないけれど、一人一人と誠実に向き合うことでおこう自身も変わってゆく。