書評

剣呑な愛の行方

文: 豊崎由美 (書評家)

『伶也と』(椰月美智子 著)

 ところが、そこに同席したのはゴライアス初期からの伶也の熱烈なファンで、今は現場マネージャーをしているReiko。最初のうちこそ直子を警戒していたものの、その地味な外見に安心したのか、以降彼女は直子を頼りにするようになります。そして、やがては、これまでどおり壁紙会社で働きながらも、直子はスタッフの一員のような形でゴライアスと伶也のために奔走するようになるんです。

 と、ここまでがざっと五年間の出来事。天晴れなまでの計画性と行動力によって、ついに伶也と一ファンという垣根を越えて話ができるようになり、それはもう献身的に尽くすのですが、ある日、衝撃的な出来事が! それは、人気女優・片瀬モニカとの電撃入籍。モニカのお腹の中には伶也の赤ちゃんも……。直子の心中いかばかりか。よくある話とはいえ、これまで直子の気持ちに寄り添って読み進めてきたわたしは、「あちゃー」と同情せずにはいられません。当然、バンドから離れるよね? 伶也への熱も冷めるよね? てか、目を覚まして、お願い。そう思ったりもするわけです。

 ところが、直子は伶也のそばを離れません。言っておきますが、彼女、伶也と肉体関係は持っていないんですよ。キスはおろか手をつないだこともないんですよ。伶也は、おそらく、いつも自分のことを褒めて励ましてくれるファン代表くらいな気持ちしか、直子に抱いていないんです。なのに、電撃結婚をもってしても、直子の心から伶也を閉め出すことができない。作者の椰月美智子が許さない。

 さあ、この時点で、直子は三十八歳です。家族の中で唯一自分の味方をしてくれる優しい兄が結婚し、実家を二世帯住宅にするため、生まれて初めて一人暮らしをはじめ、共にゴライアスを応援してきた親友の由佳は結婚しと、私生活においてはいろんなことが変わりつつある年ごろです。その直子が、七十一歳の時にどんな死を迎えるのかは、わたしたち読者は、小説冒頭に置かれた新聞記事によって知らされているわけですが、なぜ、そんなことになってしまったのかが疾風怒濤の勢いで明かされていく、約百五十ページをかけての残り三十三年間が、もう、震撼ものなんです。

 直子が、伶也がある事件を起こした後、Reikoと会話を交わすシーンがあります。

「だってなによ、その顔。辛そうで見てられないわよ。どうして、そこまで好きでいられるの? わたしには理解できないわ。伶也があなたになにかしてくれた? あなたの人生を台無しにしただけじゃない」

「それは違います。伶也さんはモノクロだったわたしの人生に、色を与えてくれました。伶也さんに出会わなければ、わたしの人生は、なんのたのしみもない味気ないものだったと思います。伶也さんには心から感謝しています」

 つける薬がありません。でも、この言葉を放つ直子は、同時に、何も変わらない伶也との関係性について〈五十二歳。これまで生きてきた年数より、この先の人生ははるかに短いだろう。一体、自分の最終目標はなんなんだろう。どこにたどり着けば正解なのだろう〉と思い悩みもします。作者の椰月美智子は、この稀有なまでの無償の愛の持ち主の一直線の愛と、それゆえに生まれる葛藤を、伶也の波瀾万丈の人生にのせて描いていくんです。

 直子がなぜ、アパートの一室で六十四歳になった伶也と共に死ぬことになったのか。百五十二ページ以降、少しずつ明らかになっていくその訳の一部始終を読んで、直子の剣呑な愛に固唾を呑んでください。


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伶也と椰月美智子

定価:本体730円+税発売日:2017年12月05日