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〈恐怖の帝王〉スティーヴン・キング、その続編にして集大成にして新境地!

〈恐怖の帝王〉スティーヴン・キング、その続編にして集大成にして新境地!

文:有栖川 有栖 (作家)

『ドクター・スリープ』(スティーヴン・キング 著)

出典 : #文庫解説
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 キングのファンならば、『呪われた町』や『グリーン・マイル』といった先行作品のエコーをあちらこちらで聞くことができるだろうし、不可能を可能にする職人業とも言える作劇術は(まったくタイプは違う小説だが)『ミザリー』のある部分にも通じる。自身の集大成にかかったか、という観さえあるのも当然で、この作品の執筆時にキングの作家歴は四十年に達しようとしていた。

 これ以上はストーリーについて言及しない、と書いたけれど、もう少しだけ踏み込む。

 後半に入っていくにつれ、「なるほど、今回はこういう怖さか。こういう敵か」という私の認識から物語は次第にズレていき、〈真結族〉が不死身の怪物ではないことが見えてくる。これもキングのうまさだ。恐るべき敵というのは手強く描けばいいというものでもなく、フィクションであるのをいいことに作者が調子に乗って強くしすぎると、説得力のある決着がつけにくくなる。「いったい、どうなるのだろう?」と思っていたら、最後に「どうにかなりました」あるいは「どうにもなりませんでした」となりかねないから。

 それだけではなく、実は〈真結族〉の弱さこそ、キングが書きたかったことの核心の一つにも思える。

 キング作品に限らず、ホラー小説には死の影がつきまとうものだとはいえ、『ドクター・スリープ』ではそれがことに濃厚である。作者の内面が影響しているのか、死そのものが物語のテーマだ。

 パワーの塊のごときキングは一九四七年生まれ。七十歳となり、作品の力強さはまるで衰えていないものの、日々の中で死を意識する機会は増えているだろう。彼の場合、五十一歳でひどい交通事故に遭い、九死に一生を得ているだけに、なおのこと。書いているものがホラー小説というエンターテインメントだとしても、死に対する想いが作品に反映されない方がおかしい。

 キングが『ペット・セマタリー』を発表したのは、三十六歳の時。交通事故で死んだ幼い息子を生き返らせようとする父親の物語で、あまりにも不吉であるため、しばらく妻が出版に反対していたという。当時のキングにとって、最大の恐怖は可愛いわが子を不慮の事故で亡くすことだったのだろう。だから、そんな小説を書いてしまった……。ならば、加齢による心身の衰えを感じ始めたら、その先にある不安と恐怖を小説にしないわけがない。

 これからもキングは読者を圧倒するほどパワフルな作品をしばらく書き続けるだろうが、彼の上にも老いは確実に訪れ、作品に変化をもたらすに違いない。「老いて衰えるのが怖い」というだけの浅薄なものではなく、人間の生が有限であることの苦さをにじませた滋味ある小説(それは飛び切り怖いホラー小説でもあるかもしれない)で独自の境地を拓くのではないか。青春小説の瑞々しい名作『スタンド・バイ・ミー』の作者でもあるキングだからこそ、そんな期待をかけたい。

 冒頭で書いたとおりキングの小説をデビュー当時から愛読してきた私のファン歴は四十余年になる(ちなみに彼と私はちょうどひと回り違い。キングは亥年生まれです)。ずっと伴走してきた「同時代のファン」であればこその望みであり、予感でもある。

 ただし、アメリカ流の侘び寂びといった枯淡をホラー小説に持ち込んでほしいわけではなく、キングらしく厚切りステーキみたいにボリューミーでパワーがみなぎった作品で感嘆させてもらいたいものだ。新境地は、この『ドクター・スリープ』からもう始まっているのかもしれない。

ドクター・スリープ 上
スティーヴン・キング 白石朗

定価:本体1,050円+税発売日:2018年01月04日

ドクター・スリープ 下
スティーヴン・キング 白石朗

定価:本体1,080円+税発売日:2018年01月04日

シャイニング 上
スティーヴン・キング 深町眞理子

定価:本体920円+税発売日:2008年08月05日

シャイニング 下
スティーヴン・キング 深町眞理子

定価:本体920円+税発売日:2008年08月05日

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