Q ご自分で最良の作品を選ぶとしたら、どの作品を選びますか?
A 『リーシーの物語』だ。わたしにとっては大きな意味のある作品でね――それまで書いたことがなかったテーマ、すなわち結婚生活についての本だからだ。あの作品で書きたかったことはふたつある。ひとつは、人々は結婚生活のなかで秘密の世界を築いているということ。もうひとつは、その親密な世界にあってさえ、おたがいに知らない部分が存在している、ということだ。
――ローリング・ストーン誌二〇一四年十一月六日号
本書は、スティーヴン・キングが二〇〇六年に発表したLisey's Storyの全訳です。前作『セル』(新潮文庫)で、携帯電話という現代的なガジェットによって社会があっけなく崩壊していくさまを、凄惨かつ悪趣味ともとれる描写も臆せずにまじえながら描いてホラーの帝王ぶりを遺憾なく発揮したキングでしたが、この作品は、前作とがらりと異なる雰囲気で幕をあけます。
夫スコットが病死して二年……メイン州キャッスルロックの広壮な屋敷にひとり住むリーシー・ランドンは、ようやく遺品整理の仕事に手をつけはじめます。夫は二十一歳の若さでデビューし、世界幻想文学大賞を受賞した三作めのホラーで大ブレイク、全米図書賞やピュリッツァー賞の受賞歴もあり、文学性と娯楽性をともにそなえた作品で人気を博したベストセラー作家でした。一般読者はもとよりアカデミズムの世界からも熱い視線をそそがれていたため、死のほぼ直後から遺稿を調べたいという大学の文学部関係者からの申し出がリーシーのもとに殺到します。しかし、最愛の伴侶の死から容易には立ちなおれないリーシーは、この二年間、そうした申し出をことごとく断わっていました。
重い腰をあげてスコットの仕事場の整理にとりかかり、そこで十八年前の出来ごとを――テネシー州の大学図書館の起工式に出席したスコットが狙撃されて、生死の境をさまよった事件を――思い起こして恐怖を新たにしたリーシーに、別種の恐怖が襲ってきました。スコットの遺稿類に妄執をいだく“ストーカー脅迫者”があらわれたのです。原稿類をしかるべき大学に引きわたさなければ実力行使も辞さないというストーカーの不気味な言葉。この回想と脅迫事件をきっかけに、リーシーは二十五年にわたる結婚生活のあいだに“紫のカーテン”でみずから封印していた記憶――忌まわしい記憶と極上の記憶――をたどる旅にいやおうなく出発させられます。それは、最愛の夫であり、ひとことでは語りつくせぬ過去を背負った作家でもあったスコット・ランドンが残した“ブール”をたどる、想像を絶する恐怖と怪異に満ちた時空を越える旅でした……。
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