書評

同時代を生きる現役作家の作品を追いかける最大の愉しみとは?

文: 重松 清 (作家)

『ナイルパーチの女子会』(柚木麻子 著)

『ナイルパーチの女子会』(柚木麻子 著)

 だが、二〇一七年秋、拙稿執筆のために再読したときには、また違うことを感じた。もはや、本作は柚木さんの最新作ではない。当然である。柚木さんは現役の最前線、誰よりも新作が待ち望まれている作家なのだから。

 そんな「『ナイルパーチの女子会』以降の作品」の中に、二〇一七年四月刊行の長編『BUTTER』がある。実際に起きた首都圏連続不審死事件(裁判では「殺人」として、木嶋佳苗被告の死刑が確定した)のディテールが見え隠れするこの作品もまた、『ナイルパーチの女子会』同様に刊行直後から大きな反響を呼んだのだが、両作品を線で結んでみると、『ナイルパーチの女子会』の見え方が、いままでとは違ってきた。単行本での初読時には小さな遠景に過ぎなかった一人の女性の存在が、急に迫り上がってきたのである。

 一九九七年に起きた、東電OL殺人事件の彼女――。

 一流企業のキャリア社員でありながら、夜な夜な街娼を続けていたすえに何者かに殺されてしまった、未解決事件の被害者――。

 作中では中盤に、二、三度〈東電OL〉として登場するだけの彼女だが、『BUTTER』の読後に当該箇所を読み返してみると、とても通りすがりではすまない重い存在感を持っていることに気づかされる。

〈東電OLにはきっと、女友達がいなかったのだろう。(略)悩みや悲しみを分かち合う同性の友達がいない、会社と家との往復だけの日々。自分が本当はどんな好みを持ちどんな鬱屈を抱えているかもよく分からず、透明人間のような気持ちで日々を生きていたのではないか。だからこそ、見知らぬ男達の中に自分の輪郭を探しに行ったのだ〉

 ここにも、栄利子や翔子と同じ、輪郭という言葉が出てくる。

 東電OL殺人事件と首都圏連続不審死事件という、二つの現実の事件が、優れたフィクションである両作にどこまでの影響を与えたかの考察は、この小文の任と書き手の力量を超えている。ただ、両作に共通する参考文献が『毒婦たち 東電OLと木嶋佳苗のあいだ』(上野千鶴子・信田さよ子・北原みのり著/河出書房新社刊)だというのを考えると、〈東電OL〉〈木嶋佳苗〉よりもむしろ、二人の〈あいだ〉にいる存在(そこには栄利子も翔子もいるし、真織もいるし、もちろん読者一人ひとりも、男性女性の別を超えて、いるのだろう)への作者のまなざしを、意識せざるをえなくなる。

 そうやって両作を結んで、新たな星座を夜空に描いてみると、不思議なことに、『ナイルパーチの女子会』の読後に最も印象深く思いだすのは、『BUTTER』のこんな箇所――。

 現実の木嶋佳苗死刑囚を彷彿させる梶井真奈子、〈熟れた巨峰〉に譬えられる〈黒々とした大きな丸い瞳〉を持つ彼女(その瞳の描写は、ナイルパーチの〈大きな赤く光る目玉には何の感情も湛えられてはいないのに、すべてを見透かしているような厳しさが感じられた〉にも重なり合うだろう)は、物語の主人公・里佳に、問いかけるのだ。

ナイルパーチの女子会柚木麻子

定価:本体750円+税発売日:2018年02月09日


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