書評

闇の底できらめく人間の崇高さと歪んだ親子関係が生み出す悲劇

文: 朝宮 運河 (ライター・書評家)

『樹海』(鈴木光司 著)

『樹海』(鈴木光司 著)

 本書『樹海』は、鈴木光司が二〇一五年四月に上梓した短編集の文庫版である。

 収録作の六編は二〇一一年から一四年にかけて、小説誌「小説新潮」「別册文藝春秋」にそれぞれ読み切り作品として発表されたものだが、いずれも“樹海”という共通したモチーフをそなえており、一種の連作短編と呼んでもさしつかえない一冊になっている。

 樹海、すなわち青木ヶ原樹海といえば、富士山北西麓に広がる原生林である。広さは約三十平方キロメートル、これは東京の渋谷区と目黒区を合わせた面積に匹敵する。この地がしばしば小説や映画で扱われるのは、ここが本州最大の原生林だからというだけでなく、日本でも有数の〝自殺の名所〟であるからだ。実際、樹海のあちこちには自殺防止を目的とした看板が立ち、一種独特な雰囲気を放っている。著者はこの生と死が交錯する深い森を舞台に、六編の物語を作りあげた。

 そもそも著者が樹海を扱おうと考えたのは、ある男性との出会いがきっかけだったという。サバイバルものの小説を書こうと考えた著者は、テレビで紹介されていた洞窟生活を送る男性に興味を抱き、話を聞きに行ったのだという。その男性は両親からの虐待に耐えかねて十三歳で家出した後、四十三年にもわたって洞窟生活を送っているという人物だった。一時は自殺を考え、樹海をさまよったこともある。その話に触れたことで、著者の中で樹海という場所が意味を持ちはじめたのだろう。単行本刊行時のインタビューには、次のような発言がある。

「結局、彼は死にきれず、樹海を出るわけですが、その話を聞いて不思議に思ったのです。死を意識した人がわざわざ樹海に向かうのはなぜだろう、樹海には何があるのだろうか、と」(「オール讀物」二〇一五年六月号)

 こうした疑問に突き動かされ、著者は樹海に足を運んだ。そこで目にした光景が本書のリアルな情景描写に生かされている。わたしも以前、雑誌の取材で樹海に足を踏み入れたことがあるが、その経験からいっても本書の描写はかなり現実に忠実であるようだ。

 なお、テーマの揃った短編を集めて一冊にするというのは著者の得意とする方法で、これまでにも東京湾ベイエリアを多角的に描いた『仄暗い水の底から』、身近な無機物に視点をすえた『サイレントリー』など、魅力的なコンセプトの短編集がある。

 ここから収録作について簡単に触れてゆく。ネタバレには注意を払うつもりだが、先入観なく作品を味わいたいという方はここで解説のページを閉じ、本編に戻っていただくのがよろしいだろう。

 冒頭に置かれた「遍在」は、樹海での首つり自殺を描いたものだ。人生に絶望した男が、森の奥へと分け入り、自ら命を絶ってゆくまでの姿が、ドキュメンタリー映像を思わせるタッチで克明に綴られてゆく。その生々しい迫力は、読んでいて胸が苦しくなるほどだ。



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