監視員スコットは、この本の登場人物の中で私が一番気に入っている人物である。彼が仕事帰りに立ち寄るバーというのがまた面白そうで、いかにもクィーンズのジャクソン・ハイツあたりにありそうな店なのだが、カーヴァーの小説のタイトルから店の名前を取ったという村上春樹顔負けの店主や、二十年前にピカソの大回顧展へ行ってカタログを買い、しかもそれをまだ持っているインテリおじさんやPS1でパフォーマンスを見せたアーティストなどが常連なのだ。こんなバーに行ってみたいものだ。
原田さんはたしかどこかで「監視員は美術品と一番長い間時間を共にする」というようなことを書いていたが、監視員に思い入れがあるらしく、魅力的な監視員を描くのがうまい。私はこの短編を読んでから、MoMAへ行く度に各展示室の監視員さんたちを秘かに観察するようになったが、みんな(若い人はいない)特徴ある人生を歩んできたような独特の風貌の持主で、大変興味深い。
アルフレッド・H・バーは「私の好きなマシン」にも登場し、主人公で工業デザイナーであるジュリアのメンターという役目を果たしているが、この短編の本当の意図はMoMAに建築・デザイン部門を作ったバーに対するオマージュなのではないだろうか。工業デザインをアートとして扱うMoMAの努力が、ミッドセンチュリー・デザインからアップル社へと繫がっていくアメリカ企業のデザイン重視の姿勢に結びついていくように思える。
一方、「新しい出口」に登場するチーフ・キュレーターのティム・ブラウンは『楽園のカンヴァス』の主人公のひとりで、原田マハ小説世界のセレブでもある。かつての彼の上司が一字違いのトム・ブラウン。このふたりは、MoMAの絵画・彫刻部門のチーフ・キュレーターだったウィリアム・ルービンとカーク・ヴァネドゥーをモデルにしているのではないか、と私は勝手に思っている。
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