残念ながらMoMAで〈ゲルニカ〉を見たときのことは、いまではあまりよく覚えていない。むしろ、ジャクソン・ポロックやマーク・ロスコといったそれまで見たことがなかったタイプの抽象画の強烈さに驚き、写真コレクションに興味を持ったことを覚えている。改めて九〇年代にニューヨークに住むようになってからも、MoMAは私にとって新しいアートに出会う刺激的な場所であり、また楽しい遊び場であり続けている。
『モダン』は、このMoMAを舞台にした原田さんの短編小説集で、MoMAの所蔵品やそこで働く人たちがストーリーの核となっている。展示品として登場するのはワイエスの〈クリスティーナの世界〉、ピカソの〈アヴィニョンの娘たち〉、〈鏡の前の少女〉、〈ゲルニカ〉、ルソーの〈夢〉、〈眠れるジプシー女〉、そしてモネの〈睡蓮〉などなど、おなじみの名画ばかりだ。
しかし、物語ではこれらの名画を扱う人たちにスポットライトがあたっている。そして、素晴らしい着眼点だなと思うのは、MoMAで働いていた実在の人物、あるいはそれらの人物をモデルにしたと思われる登場人物が、原田さんの世界を闊歩している点だ。というのは、アメリカの美術館は個人のキャラクター抜きでは語れないからだ。私たちのほとんどは東京国立博物館や東京都現代美術館の館長が誰なのか知らないが、いまニューヨーカーにMoMAと言えば、ほぼ全員がグレン・D・ローリー館長の名前と顔を思い浮かべるだろう。一九九五年に着任してからすでに二回の大改装を実行して、一部からは拡張主義者と批判され(隣接するアメリカン・フォーク・アート美術館の地所を獲得し、建物を壊してMoMAの建物を拡張した)ているが、同時にモダン・アートに対するその知識と熱意は折り紙つきだ。この政治家と熱血教師を混ぜたような個性の強いキャラクターが存在してこそ、MoMAは世界一のモダン・アート美術館として君臨していられるのだ。
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