書評

父の人生に願いをこめて

文: 原田 マハ

  長いあいだ書きたかった物語をようやく書き上げた。

  作家になって三年足らずだが、六年まえ、会社を辞めてフリーランスの身になってからずっと、心の中で「いつかこのことを書く」と決めていた。「このこと」というのは、自分が当時抱えていた家族の問題、そして会社を理由あって辞職したこと。ただし、その頃、作家になるという意志が特にあったわけではない。それなのに「書く」と決めていたのだから、考えてみると、この物語の礎(いしずえ)になった家族と自分の体験こそが、私を文章の道へと導いてくれたようにも思う。

  そんなわけで、この物語は限りなく私小説に近い。もっと細かく言うと、導入部から三分の一はほぼ自分の体験に基づいて描いている。けれど、残りの三分の二は完全なファンタジーだ。「私の人生も、こんなことになればいいな」という、夢を託した感もある。正確に言えば、「私の人生」というよりは、「私の父の人生」に、こんなあたたかい奇跡が起きればいい、という願いをこめた。

  『キネマの神様』は、神に見放されたささやかな家族が主人公だ。「後期高齢者」になっても、ギャンブル依存症で借金を繰り返し、家族に迷惑をかけ通しの父。父のせいで人生を台無しにされたと嘆く母。そして、課長に昇進するも会社内部のいざこざに巻きこまれ、四十歳手前にして職を失ってしまった娘。極端に不幸ではないかもしれないが、平凡な幸せを手に入れられずにいる家族。かつて私の家族がそうであったように、このような家族は日本中にたくさんいることと思う。夫婦、親子というもっとも身近な者同士、いちばんわかっているからこそ、家族に問題があれば「どうにもならない」と、あきらめてしまっている人もいるだろう。それが凄惨な事件に発展してしまうことさえある。そんなニュースを目にするたびに、家族が心を通い合わせるきっかけが何かなかったのだろうか、と考えてしまう。

  私の父は現在八十二歳だが、かつては大変なギャンブル好きで、そのためにいつも借金を重ねていた(最近は年のせいもあって、さすがに身を引いたようでほっとしている)。家族、特に母はさんざん苦労をさせられ通しだった。幸か不幸か、作家である兄が父のことを繰り返し小説に書き続けてきたこともあって、私が作家になってからは、誰にも隠しだてせずにこの父のことを話せる土台がすでにできていた。普通に聞けば、どうしようもない、やんちゃの度が過ぎた人である。けれど不思議なことに、兄も私も、この父の存在を創作の原動力にしてきた感がある。小説の中でイタい目に遭わせて苦労させられたカタキをとる、などという物騒なことはちっとも考えない。確かにどうしようもない、けれどどうしようもなく愛すべき存在として、この父の人となりを書き留めておきたい。そんな思いがあった。ギャンブル好きで借金体質というネガティブなキャラ以上に、父なりに輝いている素質もある。人情が厚く、大変な読書家。そして、五歳の頃から今日まで、膨大な数の映画を日々観続けていることだ。

  私の父をそっくりに写し取った登場人物、円山郷直(まるやまさとなお)は、七十九歳でギャンブル依存症。まともなもので興味があるのは映画だけだ。郷直のひとり娘・歩(あゆみ)は、不当な理由で長年勤めた会社を退職せざるを得なくなり、いったんは絶望するものの、父が病気をしたり借金を重ねたりする不幸が重なって、むしろこうしてばかりはいられない、と立ち上がる。父を再生させるにはギャンブル以外の好きなことに熱中させるのがいい、と悟った歩は、映画で父の人生を変えようと思いつく。そして結局、歩は自分自身が、映画に、そして父に救われることになる。

キネマの神様
原田 マハ・著

定価:1850円(税込)

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