2016.11.24 書評

日本人作家が書いた沖縄をテーマとする小説でいちばん好きな作品

文: 佐藤 優 (作家)

『太陽の棘』 (原田マハ 著)

『太陽の棘』 (原田マハ 著)

 日本人が沖縄を題材とする小説を書くと、大抵の場合、破綻してしまう。一種のオリエンタリズムで過剰に美化された沖縄を描くか、あるいは広津和郎『さまよへる琉球人』のように、沖縄の理解者であろうとする著者が、無意識のうちに差別感情を持っていることが露見してしまい、日本人には消費されても沖縄人からは受け入れられない作品になってしまうからである。

 この点、原田マハ氏の作品は、日本人小説家が沖縄を描く場合に踏みそうな地雷のそばを何度か通るのだが、上手にかわしている。その理由は3つある。

 第1は、絵画という言語にせずに意思疎通ができる分野を選んだからだ。

 第2は、占領下の沖縄に駐在した米国人軍医エドワード・ウィルソンの目を通じて沖縄と沖縄人について語るというアプローチをとったことで、沖縄人がもっとも感情を掻き立てられる存在である日本と日本人を自然に括弧の中に括り、作品の主要場面に登場させなかったからだ。

 そして、もっとも重要な第3の点が、ニシムイ美術村に居住する画家のタイラら、太平洋戦争中、大日本帝国海軍航空本部に所属する従軍画家になって戦地を転々としていたために沖縄戦の体験を同胞と共有していなかった人々を取り上げたからだ。タイラたちは、戦後の日本にいても生活することはできたはずだ。しかし、米軍占領下で、沖縄人の人権も保全されず、生活のためには妻が米兵相手の売春に従事することすら起きうる沖縄に戻ってきたのは、強い自責の念からなのである。

 沖縄戦を体験していない那覇出身の詩人・山之口貘は、こんな詩を残している。

 

〈    弾を浴びた島

島の土を踏んだとたんに
ガンジューイとあいさつしたところ
はいおかげさまで元気ですとか言って
島の人は日本語で来たのだ
郷愁はいささか戸惑いしてしまって
ウチナーグチマディン ムル
イクサニ サッタルバスイと言うと
島の人は苦笑したのだが
沖縄語は上手ですねと来たのだ〉
(高良勉編『山之口貘詩集』岩波文庫、2016年、102~103頁)

 

 琉球語で「ガンジューイ」は「元気ですか」、「ウチナーグチマディン ムル/イクサニ サッタルバスイ」というのは「琉球語すらすべて戦争にやられたのか」という意味だ。戦前、琉球語の方言は、地域や島ごとに細かく分かれていた。確立した正書法の規則がないので、離れた地域間の人々が琉球語でコミュニケーションを取ることは難しい。そのために、アクセントとイントネーション、語彙のニュアンスも標準的な日本語とは異なる「ウチナー・ヤマトゥグチ」がリンガフランカ(コミュニケーションを取るための言語)として通用する。それに対する淋しさが行間から滲み出ている。

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太陽の棘原田マハ

定価:本体610円+税発売日:2016年11月10日