ルービンはバーの後継者と言われる学究肌のキュレーターで、一九八〇年に行われたピカソ大回顧展を実現させた人物。彼が一九八八年に引退するときに後任に指名したのが才能とカリスマを併せ持ったカーク・ヴァネドゥーだった。ヴァネドゥーも学者肌だし、ルービンの弟子として一緒に展覧会を企画したこともある。トムとティムの組み合わせに、ぴったりだという私の推測は当たっているだろうか。MoMAの歴史をよく知っている原田さんだから、私の推測もついエスカレートしてしまう。
ちなみに、現在の絵画・彫刻部門のチーフ・キュレーターはアン・テムキンという女性だ。いつか彼女がモデルのキャラクターが登場する小説が誕生するのではないか、とこれも勝手に期待している。
もっとも原田さんには「登場人物は、いろんな人の要素は混じっていますが、最終的にはどこにもいないキャラクターとして私が完成させたんですよ」と言われそうだ。そんなキャラクターたちが日本人に限定される必要はないと私は思う。「モダン・アートの王国」であるMoMAは、多様性を重んじるニューヨークの現代的な職場でもあるのだから。これらの短編の中にはMoMAで働く日本人女性たちが何人か登場するが、監視員スコット・スミスのようなアフリカ系アメリカ人も、また9.11で同僚を亡くしたトラウマに苦しんでMoMAを去っていくローラ・ハモンドのような女性もいる。そして、ニューヨークの9.11(アメリカ同時多発テロ事件)と東北の3.11(東日本大震災)をつなぐ糸が通奏低音となってこれらの短編を支えている。
『モダン』は、ニューヨーク、モダン・アート、美術業界、大都会暮らし、といった多様なテーマの中で、自分が興味を持っているディテールを拾って楽しむことができる。美術館の仕事がわかるという意味で教科書的な側面もある。そして、MoMAが舞台となっている原田さんの長編『楽園のカンヴァス』と『暗幕のゲルニカ』のコンパニオン・ブックとしても読める短編集だ。
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