そして、ローリー館長よりもっと重要なキャラクターが本書の「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊」と「私の好きなマシン」に登場するアルフレッド・H・バーだ。二十七歳の若さでMoMAの初代館長兼学芸員となり、一九六七年に引退するまでの間にMoMAを世界的な美術館へと導いた希有な人材だ。彼は絵画・彫刻だけでなく、ドローイング、版画や挿絵入書籍、映画、写真、建築とデザインといった部門を作った。私たちが写真や映画、そして建築やデザインをアートとして扱うようになったルーツはまさにこの人にある。
一九八一年に彼が亡くなったとき、ニューヨーク・タイムズ紙はその死亡記事でバーを「内気な学者と見事な興行師という矛盾を併せ持ったこの〈ザ・モダン〉の魂は、恐らく二十世紀でもっとも革新的で影響力を持った男だった」と書いた。〈ザ・モダン〉というのはMoMAのニックネーム(原田さんのこの小説集のタイトルもそこから来ている)だが、〈ザ・モダン〉の魂(ソール・オブ・ザ・モダン)というのは最高の褒め言葉ではないか。
原田さんはこのアルフレッド・H・バーを小説世界に引っ張り出した。MoMAの監視員に「病弱で、家にこもって勉強ばかりしているインテリタイプの男」と形容させているが、実際のアルフレッド・H・バーも、写真で見る限り端正な小顔に短い髪をきちっと七三に分け、銀縁の眼鏡をかけた学者風の容貌だった。常にスーツにタイ姿。靴は写真では見る事はできないけれど、原田さんが書くようにいかにもウィング・チップをはいていそうだ。
このバーが、〈アヴィニョンの娘たち〉や〈鏡の前の少女〉の前に忽然と現れる、というのが「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊」のストーリーだと思える――少なくとも、監視員のスコット・スミスにはそう見えた――のだが、実は話はそのように展開しないというのがこの短編の面白い点だ。話が違う方向へ行くというか、解釈が色々できるというか、ミステリーというか、このあたりは小説家が発揮することができる(そして、ノンフィクションを書く私には大変羨ましい)「発想の飛躍」という必殺技の見せ所である。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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