特集

歴史学者廃業記 歴史喪失の時代

文: 與那覇 潤

『知性は死なない 平成の鬱をこえて』

政治家に歴史観を求めた不思議な時代

 もっとも、各自が別個にイメージを投影して、じっさいには他の人と食いちがったままばらばらに満足するのは、必ずしも悪いこととはかぎりません。ことに「政治」のように、多様な価値観をもった国民をひとつにまとめることが要求される場面では、そうした技術がむしろ必要とされることがあります。

 戦後50周年にあたる1995年に出された村山富市首相談話(村山談話)は、そのような技法の結晶だったと思います。近現代史を語る部分に「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り」とだけあって、その一時期がいつなのかは語られない。かなり「左」の人であれば、江華島事件や日清戦争から「誤りだった」とみなすでしょうし、相当「右」でも、真珠湾の奇襲攻撃が「誤っていない」と主張する人はまれでしょう。

 村山談話は、このあと「戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって」とつづくため、「わが国」が「植民地支配と侵略」をしたという文言をみとめたくない人びとにつよく忌避され、声高にその見なおしをうたって支持を集める政治家も出現しました。いわゆる、「右傾化」とよばれる現象です。

 しかし、よく考えると政治家に歴史観をもとめる――政策よりも歴史認識のほうが「自分といっしょであってほしい」と感じて支持や不支持を決めるというのは、不思議な現象です。たとえば、「源氏でなく平家を応援する政治家は、国政にふさわしくない」「あんな、関ケ原観のなっていない人が総理大臣だなんて!」という有権者がいたら、かなり滑稽にうつるでしょう。

 これは、極端なたとえではありません。戦前には「足利高氏(尊氏)観がおかしい」という理由で、大臣をやめさせられる政治家がふつうにいました。それがいま、とても奇妙にみえるとすれば、そう遠くない将来、政治家に「日中戦争観」や「太平洋戦争観」を問うていた時代もまた、よくわからないものとして映じる可能性も否定できません。

 戦後70周年の総理大臣談話はご存じのとおり、村山談話に批判的な勢力を代表する安倍晋三首相によって出されましたが、こうした談話の書き方自体は、そこまで変わっていません。「進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました」とあるので、昭和時代になんらかのあやまちを認めていることがわかりますが、そのあと唐突に「そして七十年前。日本は、敗戦しました」とつながって、なにが「誤り」なのかは結局、特定されません。

 「植民地支配と侵略」の文言が、日本を主語としては盛りこまれなかったことをもって、画期的な変化――「右傾化」勢力の勝利とする論評も、その賛否を問わずみられました。しかし、それはほんとうでしょうか。

 「日本は、世界の大勢を見失っていき」、「次第に...「新しい国際秩序」への「挑戦者」となって」、突然の敗戦にいたる安倍談話を読むと、自国が起こした戦争というよりは、むしろ自然災害の犠牲者を弔う文章のような気がしてきます。「わが国」の誤りが(悪い方向にであれ)歴史を動かした、とのべている村山談話とくらべて、「日本」は侵略云々はおろか、物語全体の主語なのかもよくわからなくなっています。

 「日本」というのは(「世界」と同様)、たんに物事が起こった場所の名称にすぎず、荒ぶる地霊かなにかのような、登場人物の力ではいかんともしがたいものによって災厄が生じてしまったので、鎮めるために追悼文を読んでいる。そんな印象をうけるのです。日本という主体を立ち上げて、そのなした行為=歴史への責任を引きうけるというよりは、むしろ主体というもの自体が、すっとなくなってしまうような語り口。

 それは、歴史よりも「神話」の語りに近づいてはいないでしょうか。舞台設定はしっかりしている(安倍談話も、19世紀以降の国際環境については滔々と語ります)けれど、だれが主人公かは最後まではっきりせず、登場人物名を入れかえれば他の部族(=国民)とも相互に交換できてしまいそうな物語の群れ。そうしたレヴィ=ストロースが描いた人類学の世界観に、私たちの歴史認識も溶けていきつつあるのでしょうか。



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知性は死なない與那覇 潤

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