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【冒頭立ち読み】第159回芥川賞受賞『送り火』

ジャンル : #小説

送り火

高橋弘希

送り火

高橋弘希

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『送り火』(高橋弘希 著)

 ――人が住まない家はすぐ駄目になる、ぜひ使って欲しい、死んだ親父とお袋も喜ぶだろう。

 平川より更に北、山間に広がる集落の、東の高台に家はあった。玄関の磨硝子の引戸を開けると、冷ややかな木材の匂いがした。六畳の居室が三つ並び、その三つ目の部屋の隣に仏間がある。そこが仏間と分かるのは、角の一枚の畳が、ちょうど仏壇の形に褪せていたからだ。二階にもほぼ同じだけの広さがある。家族三人で住むには、些か広すぎる家だった。二階の東側の六畳間が、歩の自室になった。日当たりが良くて過ごしやすいでしょうと、母が決めた。越してきた翌日、その部屋に、学習デスク、スライド式の本棚、ライトブラウンのロフトベッドなどが、業者によって運び込まれた。他人の部屋に、自分の慣れ親しんだ家具が並べられていく。数週が過ぎれば、家具は部屋に馴染み、そしてここは自分の部屋になるだろうと思った。

 父は一足先に、この土地へ越してきていた。歩の転入学は学年変わりの時期がいいだろうと、一ヶ月ほど単身赴任の形を取っていたのだ。その父に連れられて、坂を下った先の川沿いにあるという公衆銭湯を訪れた。歩いて五分の距離で、入浴料も安い。銭湯に番台の姿はなく、入口に“入浴料百円”と記された木箱が置いてあった。父がその木箱に百円玉を二枚入れると、箱の中で小銭の音が響いた。タオルを片手に磨硝子の戸を開けると、湯煙の漂う浴槽には、二人の先客の姿があった。歩と同じ年頃の少年が一人、五歳ほどの男児の姿が一人。歩と父が浴槽へ浸かると、少年は気を使ったのか風呂から上がった。少し遅れて、男児も少年を追うように、風呂場から出た。

単行本
送り火
高橋弘希

定価:1,540円(税込)発売日:2018年07月17日

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