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祝文庫化! 髙見澤俊彦『音叉』刊行記念エッセイ「1973 あの頃の僕へ」#1

祝文庫化! 髙見澤俊彦『音叉』刊行記念エッセイ「1973 あの頃の僕へ」#1

髙見澤俊彦

オール讀物2018年8月号より

出典 : #オール讀物
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『音叉』(髙見澤俊彦 著)

「オール讀物」3・4月合併号にて新連載小説「特撮家族」がスタートしたTHE ALFEEのリーダー、髙見澤俊彦さんの初小説『音叉』が待望の文庫になります。
スピンオフ短編、さらに文庫用書下ろしエッセイも収録! 文庫版『音叉』もぜひお楽しみください!


※単行本刊行時の記事(2018/8/31公開)です。  

 失敗した……正直そう思った。七三年の春、僕は明治学院高校から同じ敷地内にある明治学院大文学部英文学科に進んだが、どうやら学科の選択を間違えてしまったようだ。

 まず最初の講義でつまずいた。それは階段教室で多人数で受講する「英語音声学概論」。言葉は悪いが、クソ面白くないし、講義内容が全然頭に入って来ない。

 その時、ハタと気がついた。そっか、僕はそれほど英語に興味がなかったんだ。後の祭りとはこのことだ。じゃあどうしてここを選んだのか? それはシンプルに親や担任に、英文科が一番偏差値の高い学科だと薦められたからにすぎない。僕としてはどこでも良かった。

 高校三年間の成績は、クラスでも三人しかいなかったA段階で、無試験でどの学部の学科でも自由に選べた。実は社会学部社会福祉学科というのが個人的に面白そうだなと思っていたが……就職の時につぶしがきかないと周りに説得され、すんなりあきらめた。つまり自分の意志ではなく、言いなりで英文科に決めてしまったのだ。こんなんじゃあ親父の後を継いで教師になろうなんて土台無理な話だよなぁと思いながら、ふと隣に座っている、高校からの友人Tと顔を見合わせると、Tも僕と同じように所在なげだったので、講義の途中だったが、目配せしてサッサとそこから抜け出した。

 1973僕の大学生活は、刺激的ではなくむしろ退屈で、ため息をつくたび脳細胞が死んでゆくようだった。ある日、Tにコンパに誘われた。高校は男子校だったが、英文科は女子が多い。今でいう合コンみたいな会を、英文科の女子達と新宿三丁目の居酒屋「日鶏園」で行うという。そりゃ女子との会なんて興味もあったし、二つ返事でOKした。たわいもない話を同世代の女子とするのは、それなりに楽しいはずだ。女子五~六人に男子はTを含め三人。倍の数の女子というのは男子としたら、何だかちょっといい感じだ。

 コンパ当日、まだ未成年ということもあってか、女子はソフトドリンクを頼んでいたが、僕の隣の大人っぽい(ここでいう大人っぽいというのは化粧が僕好みで派手ということ)Hさんだけは生ビールをオーダーし、挨拶もそこそこにグイグイ飲み始めた。その飲みっぷりが、オッサン風というか豪快で、飲み終わったらプハーと息を吐くんじゃないかと思ったぐらいだ。さすがにそれはなかったが……。自己紹介でHさんは中部のN市出身、一年浪人して明学に入ったことが判明。ということは、年上かぁ。退屈な心にちょっと火がついた。

 時間が経つにつれ会話は、映画や音楽、ファッションの話から、最近読んだ本の話などに推移していった。が、小説の世界でありがちな社会情勢や政治の話には発展しない。例えば柴田翔の『されどわれらが日々――』に出て来るような苦悩する大学生の会話などは全くない。ただ、豪快な飲みっぷりのHさんは、酔いが回ったのか突然、三里塚・成田闘争についての持論を展開し出した。全員目が点になったまま固まり、うんざりし始めたところで会はお開きとなった。後味の悪い終わりは、群れて飲むことの虚しさを僕に示唆してくれたようだ。

 その後もTに何度かコンパに誘われたが、二度とそういう会には出なくなった。退屈な心にポッと灯った火も、あっという間に鎮火してしまった。

 大学に入って気がついたことが三つある。まずは英文科なのに英語に興味がないこと。二つ目は人と群れるのが苦手であること。三つ目は自分の性格がこれまた思った以上に暗いこと……。

 そう言えばあの頃僕は、ギターをまったく弾いていなかった。というのも高校のバンド仲間全員が、他の大学に行ってしまい、好きな音楽(特にロック)の話をする友人がいなくなったからだ。ギターも弾かず、授業にも身が入らずダラダラした大学生活が、僕をより暗い性格へと変えていったのかもしれない。

 高校時代のバンドはお世辞にも上手いとは言えなかったが、年に一度であっても学園祭で演奏するのは、けっこう楽しみだった。バンド名もない、典型的なクラスのお友達バンド。自由度百パーセントの気楽なバンドだから楽しかったのだろう。

 きっかけは、たまたま鎌倉のMの家に遊びに行った時、部屋にあったギターで、ストーンズのレコードに合わせてポロッと弾いたことだった。Mが驚いたようにお前ってけっこう弾けるんだなと感心し、クラスの他のロック好き仲間と意気投合しバンドを結成した。それも卒業と共に消滅してしまったのだが……。

 拙著『音叉』でも書いたが、僕の高校時代七〇年~七二年は外タレであるロックバンドの初来日ラッシュだった。当然、バンドの仲間とも観に行った。鎌倉のMとはグランド・ファンク・レイルロード。翌年の夏はエマーソン・レイク&パーマー。両者ともコンサート会場は、水道橋にあった今はなき後楽園球場だった。当時初来日したレッド・ツェッペリン、ピンク・フロイドなど、初めて触れた本場のロックサウンドの衝撃は今でも強烈に覚えている。遠い記憶ほど鮮明なのは、それなりに年齢を重ねて来たからだろう。

2へ続く>>

こちらの記事が掲載されているオール讀物 8月号

2018年8月号 / 7月21日発売 / 定価980円(本体907円)
詳しくはこちら>>

文春文庫
音叉
髙見澤俊彦

定価:847円(税込)発売日:2021年04月06日

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