二
『京洛の森』には、かつて平安京にあったと言われている羅城門がある。
高さは約二十一メートル、幅は約三十五メートル。七間五戸の二重門と見る者を圧倒する大きさであり、鮮やかな朱色が目を惹く美しい門だ。
羅城門から内裏までまっすぐに延びる大通りが、『朱雀大路』、門の左右に東寺と西寺があるのも平安京と類似している。
また、門を挟んで西側を洛西、東側を洛東、羅城門を出た南側を洛南、内裏周辺を洛中、内裏よりも北を洛北と呼ぶそうだ。
ありすは、老人になった蓮をリヤカーに乗せて、朱雀大路沿いにあるという病院に向かって歩いていた。
「羅城門の南側って、どんなところ?」
ありすは、隣を歩くナツメを見下ろして尋ねる。
「森や茶畑、田んぼが広がっている、それは美しいところですよ」
「そうなんだ。素敵だね」
「ええ、とてものんびりとした癒しの地です。そのためか、住んでいるのは、私のように動物の姿をした者が多いですよ。因果で動物になってしまった上、人には戻れなかった者が、都での生活がつらいと門の外に出てしまわれることも多いそうで」
会いたいと強く強く願うことで、他の世界からこの『京洛の森』に大切な人を招いてしまうことがある。
それは、無意識だったり、時に意図的であったり。
そのようなことをしてしまった場合、その因果が自分の身に降りかかり、動物の姿になってしまうのだ。
なんの動物になるかは、潜在的に自分が選択しているそうだ。
人に戻るためには、その呼び寄せた大切な人に自分だと気付いてもらう必要があるのだけど――。
「人間の姿に戻れなくなってしまう人もいるんだね……」
「ええ、相手に気付かれる前に、自分の正体を口にしてしまうことが多いようですね」
そのミスは、ありえそうなものだ。
つい、自分だと言ってしまいそうになるだろう。
「よく蓮も、耐えられたね」
「……大変だったよ。口がむずむずするたびに、ナツメに肘で突かれてたからな」
老人となった蓮は、リヤカーの上で肩をすくめている。
大人一人を運ぶとなると、どれほど重いのだろうと覚悟していたが、老人となった蓮を乗せたリヤカーは、拍子抜けするほどに軽く感じた。
「そっか、ナツメのお陰なんだ」
ナツメも、人間の世界に飛ばされた蓮を呼び戻したことで、うさぎの姿になった。
いわば、動物化の先輩だ。
「もし、相手に気付かれるより先に正体をバラしてしまったら、もう二度と人間には戻れないの?」
「おそらく……」
言い難そうに告げたナツメに、ありすは言葉を失った。
この世界は、時としてこんなふうに恐ろしい面を持つ。
苦い表情で目を伏せていると、
「ありす様、病院ですよ」
ナツメの言葉に、ありすは顔を上げた。
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