明治・大正の港町を思わせる石造りのモダンな建物に、『アカシア診療所』という看板が掲げられていた。
リヤカーを建物の脇に停めて、足取りのおぼつかない蓮を連れて診療所に入る。
待合室には、ベンチが六脚。背もたれに番号が付いていて、そこに松葉杖を持っている人、腕を三角巾で吊っている人など、主に怪我をしている人たちが座っていた。
「あ、そうか。怪我は、自分の意思とは関係ないよね」
この世界に病院は必要あるのだろうか? と疑問に思っていたが、怪我をしている人たちの姿を見て、ありすは妙に納得しつつ、蓮をベンチに座らせる。
受付はどこでするのだろう、と診療室から女性が姿を現わした。
白衣のワンピースとコック帽に似たナースキャップは、まるで明治時代の看護婦を思わせる。
髪はすべて束ねてナースキャップの中に入れていて、バインダーを手にしていた。
きりりとした目は冷静さと意志の強さを感じさせる。
彼女は、昨日二条城の総合卸問屋で見た女性であり、やはり医療従事者だったんだ、とありすは視線を送った。
彼女はキャスターのついた椅子に腰を下ろしたかと思うと、一番から順に患者の前に移動していった。
しっかりと目線を合わせて話を聞き、腕に触れたり、膝を確認したりして、「もう大丈夫ですね。あとは安静にしてください」と言葉少なに声を掛けていく。
最後に彼女は蓮の前に来て、「はじめまして、看護師のアザミです。あなたのお名前と症状をお聞かせください」と冷静な表情のまま尋ねた。
「名前は蓮。……急に年を取った」
言い難そうに告げた蓮に、彼女は、そう、と相槌をうつ。
「『ある日、突然、老いてしまう』というのは、この『京洛の森』では珍しいことではありません。ですが、私たちはそれは病気ではなく、台風や雷と同じ、自然現象のように受け止めております。お気の毒ですが、ここではどうしようもできないです。膝や腰が痛むなら薬を出しますけれど」
蓮が、「だよな」と肩をすくめる横で、ありすがきおいこむ。
「あのっ、この世界での自然現象というのは分かります。でも、この人は自分を偽るようなところがなくて、こういう現象が起こるタイプでは決してないんです。ですので、何か他に原因がある気がしまして。診てもらえませんか?」
そんなありすに、看護師のアザミは、弱ったように眉尻を下げる。
「お、おい、ありす」
蓮が制しようとしたその時、ばたん、と奥の扉が開いた。
その扉の向こうは、診療室のようだ。
「いいでしょう」
と、診療室の奥から男性の声が聞こえてきた。
ありすと蓮とナツメは、顔を見合わせる。
「診察してさしあげますよ」
そう続けられた言葉にアザミはすっくと立ち上がり、蓮に向かって手を差し伸べる。
「先生が診てくださるそうです。診療室にお越しください」
良かった、と感激するありすの横で、蓮は複雑な表情を見せていた。
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