書評

父と娘の関係を作品の軸に据えた新名探偵シリーズ誕生!

文: 佐藤夕子

『中野のお父さん』(北村 薫 著)

『中野のお父さん』(北村 薫 著)

 ちなみに誕生日が関係しているせいもあって個人的にはこの「幻の追伸」にも思い入れが深いが、ミステリゆえ多弁は避ける。ただその謎と解決の提示という点でフェアプレイに徹した実に端正な小品である。蛇足だが北村さんの選ばれる固有名詞には誠に巧みに虚実が入り乱れており、これまで幾度も騙されている(『ターン』に登場するロッティマ・アミーカが実在するならすぐにでもとんでいきたい!)が、本編で主人公たちが観てきた『塀の中のジュリアス・シーザー』に関しては虚にあらず、有名な実在の映画であった。勉強不足の一言だがぜひ観たくなった。「鏡の世界」冒頭で美希が同僚と口直しに繰り出す「日本では品川と丸の内に支店がありニューヨークに本店を構えるオイスター・バー」も、むろん(?)実在している。教えてくれたのは牡蠣好きな同僚にして親友で、仕事帰りにこちらは近場の吉祥寺のオイスター・バーに行き、二人でさまざまな産の牡蠣を片端から堪能したことがある。見よ、かくのごとく北村さんの文章は読む者の記憶と思索に、細くきらめく触手をのばし、つなぎあい、より鮮やかに共鳴するのだ。すぐれたことばがつむぐ主題というものが、すべからくそうであるように。

 読み逃しを許さない見事な北村印レトリックも健在だ。「全身に湿気を浴びたような表情」ええ見たことあります、したこともあるかも。「怒髪天をつく――とはどういうことか、辞書より手早く見せてくれる」うわ、これは確実に見せた過去があるぞ。「子猫を連れて行かれる親猫のような声」ああ、愛猫家にもそうでない人にも耳朶にこだまする、それはそれはせつないにゃあごでしょうね。いつものことだけれど、本当にどういう奇跡が重なれば、こういう秀逸な表現を思いつけるのかとちょっぴり悔しく、それよりもはるかに強く感動してしまう。努力できることそのものが才能と新井素子氏は語っていた。けだし名言だ。

中野のお父さん北村 薫

定価:本体650円+税発売日:2018年09月04日


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