書評

父と娘の関係を作品の軸に据えた新名探偵シリーズ誕生!

文: 佐藤夕子

『中野のお父さん』(北村 薫 著)

『中野のお父さん』(北村 薫 著)

「中野のお父さん」が背負い体現しているもの、かつわが子美希に差し出してくれているものは、社会であり、仕事というものであり、大人の世界の精髄である。それは同時に、心の中のかつての子どもをいかに抱き続けるかということでもある。受け取るべきものと受け取れないものを正しく知れと促す、導き手としての他者がここでは実父なのだ。なお北村作品には出版社という舞台と編集者という役者が登場する確率が高い。ことばに対する北村さん自身の関心をとりあげ追究するには好適な場であるからだろうと推測するが、この舞台と役者に投げかけられる多彩な照明が、中野のお父さんというシンボリックな存在となっている。憧れの噺家でも担当作家でも編集部の上司や同僚(丸山さん、大好きです。それから八島和歌子さん。私はジャイ子の本名が気になります)でもなく、人間社会の最小単位である家族を探偵という導師に据えたそのタイミングには、ご自身の年齢やキャリア、お子さんの成長などさまざまな要素が関係するのだろうとここは推測でしかなく、いずれにしてもこの上なく時宜を得た配役であったと感嘆しきりである。ただし、誤解しないでほしい。単なるシンボルとして無味無臭無謬の存在など小説にあってはまさに道断、中野のネームレスお父さんは、大変に人間らしく魅力的だ。娘に甘く、お腹は出ているし、ビールと娘の武勇伝に陶然として座椅子からずり落ちそうになってしまうし、それでいながらここは北村さんと同様、快刀乱麻を断つ名推理の際には北村先生御用達のアールグレイ(おそらく、しかし紅茶であれば間違いなく!)を美希が淹れてあげている。本作掉尾を飾る「数の魔術」では、謎を解いてもらうためにではなく、夏の週末、美希はおそらく父の体調を気遣って実家に戻っている。オシロイバナの英名(いいですよね、この挿話!)の思い出にことよせ、「まだまだ、大丈夫だよ」と父をいたわる美希。ディテールという煉瓦だけが、堅牢なシンボルの城を積むに値するのだ。


 最後になるが、「〇の▽△」で統一された収録作のタイトルは、実は異色だ。つい冒頭の漢字をつなげたり末尾のかなを拾ったりしてしまった。今は巻頭作のタイトルがとても気になっている。皆さんはこれ、ふうしゃと読みますか、かざぐるまとルビをふりますか? もっとも、『謎物語』でも楽しげにポーの「黄金虫」の読みについて語った北村さんからの問いの答えは自分で見つけるべきだろう。シリーズ二作目ではおそらく各タイトルに別の趣向が凝らされているに相違なく、目次を見るのが今から楽しみだ。

中野のお父さん北村 薫

定価:本体650円+税発売日:2018年09月04日


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