うつむいてコップの水を飲むまどかを見ていたら、胸が痛くなった。お金さえあれば、娘にさみしい思いをさせなくて済んだのに。あのとき、借金の肩代わりを申し出なければよかったのかもしれない。でもほとんどの正解は、取り返しがつかなくなってから気付くものだ。
長身の店員が、じゃがいもの冷製スープを運んできた。食べる? と一男が訊ねるとまどかは小さく頷き、ふりかけごはんを食べながらスープをすすった。そのあとマトウ鯛のポワレや、牛ヒレ肉のステーキなどが運ばれてくるたびに一男は勧めたが、まどかはほとんど口にしなかった。内緒で用意したケーキにもまったく驚かず、サプライズは失敗に終わった。
「誕生日プレゼント、何が欲しい?」
一男は皿に残ったいちごをフォークで刺すと、そのまま口に入れた。ケーキの生クリームは甘さ控えめで、あっという間になくなってしまった。
「うーん。まだ決めてない」
まどかも最後まで残していたいちごを食べた。「まどかの顔はわたしに似ているけれど、食べる順番とか口癖はあなたによく似てる」
妻に言われた言葉を思い出した。
「遠慮しなくていいんだよ。お父さん、まったくお金がないわけじゃないんだ」
「でも返さなきゃ……でしょ。借金」
「まあそれはそうだけど、まどかが気にすることじゃない」
「……別に欲しいものなんかないよ」
「そっか……じゃあ見つかったら買おうな」
まどかは頷きながら“Happy Birthday まどか”と描かれたチョコレートプレートを齧(かじ)る。“ま”の字だけがプレートに残された。
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