長野まゆみさんといえば、『少年アリス』で鮮烈なデビューを飾り、幻想的で耽美的な作品世界で、女性を中心とした多くの読者を牽引していたイメージがある。しかし近年は、戦争体験のある父をテーマにした『冥途あり』のような作品でも注目されている。
『フランダースの帽子』は、記憶やイメージの攪乱からくる違和感という点で幻想小説の味わいを残しつつ、現代の日本に生きる人々(主に女性たち)の生き方に、新しい角度からの豊かさを与えた小説でもあると思う。
表題は、この本の中に収められている六つの短編のうちの一編から。改めて六つの短編のタイトルを並べてみる。
「ポンペイのとなり」「フランダースの帽子」「シャンゼリゼで」「カイロ待ち」「ノヴァスコシアの雲」「伊皿子の犬とパンと種」。
これらのタイトルに共通しているのが、固有の地名を含んでいるということ。といっても、その土地でドラマが展開するわけではない。短編ごとに独立した物語として、地名は象徴的な関わり方をする。