この本は、一冊まるごと、そんな「歓迎したいウソ」に充ちている。
双子のようによく似た姉妹が、まことしやかに語る自分たちの出自、亡くなった叔父から姪の誕生日に届くアマレットに込められたメッセージ、入居したメゾネットハウスの隣人たちの長年にわたる一族の因縁、「雲の事務所」という屋号の部屋のオーナーの妄言、記憶を失った男に恋人として会いに来る複数の老婦人たち。
どの短編のどの登場人物も、謎めいている上に愛嬌があり、引きつけられる。
ミナとカナ、まり妃子とゆり彦、ハナとサラ、など、ここちよく響きあう名を持つ彼らに導かれて、複雑にからみあった記憶の隙間に入りこんでいく読書体験には、不思議な興奮が伴う。もしかしたらそれぞれの心の中では、ウソはいつしかほんとうのこととなってしまっているのかもしれない。奥深く探れば探るほど、記憶はあやうく、曖昧になる。
揺れる記憶を現実につなぎとめるよすがとなるのが、現実の地名なのだろう。しかし、唯一の日本名である「伊皿子」は、当時の明国人の名であるとも、いいさらふ(意味不明)の変化とも言われている。意味が分からないということの意味を探れば、意味は深い。
プレゼント
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。