折しも事務所を整理していた娘から、「流言」と私の筆跡で書かれたフロッピーディスクが見つかったと知らせてきた。なんと『いねむり磐音江戸日誌 炎熱御番ノ辻』のタイトルのフロッピー原稿だった。つらつら考えるに『居眠り磐音 江戸双紙 陽炎ノ辻』の試し原稿か。冒頭を読むと、
「安永九年(一七七二)四月下旬、豊後関前城下と関前湾を遠くにのぞむ峠道に三人の若い武士が涼をとっていた」
と始まっているが、正しくは「明和九年(一七七二)四月下旬」でなければならない。「流言」は第一章の章見出しだった。
決定版刊行に際して現れたフロッピーディスクは、私の試行錯誤や模索を如実に見せている。タイトル『いねむり磐音江戸日誌 炎熱御番ノ辻』が示すように力が入って気張っている。坂崎磐音の人物像が未だ定まらないままに書き始めたのだろう。
このフロッピーディスクの第一章の「流言」を読んで思い出した。これは短編として私が時代小説に初めて手を染めた一篇だったのだ。だが、持ち込んだ先の出版社編集者氏に、
「佐伯さん、短編というのはね、老練な文章の名手の大作家が書くもの、これはただ短いだけ」
と酷評されてつき返された原稿だった。
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