書評

足が物語るイタリア

文: 平松洋子 (エッセイスト)

『ロベルトからの手紙』(内田洋子 著)

『ロベルトからの手紙』(内田洋子 著)

 いっぽう、世の常として、幸福な関係は破綻や波乱をふくむ。「曲がった指」では、ミラノで生まれ育った女優ニニが忍耐を恃(たの)みとして生きたけなげさ、切なさを。「私たちの弟」では、手仕事の好きな女友だちコンチェッタから打ち明けられた身内話の不条理を。「二十分の人生」では、手を貸して歩いた老女とのゆきずりの会話に、老いの屈託を。ひとと街と風景が入念に描かれ、イタリアというモザイク模様が組み上がってゆく。

「いつもと違うクリスマス」は、著者ならではの筆の運びに魅了される一篇だ。知人のバルバラとはそう親しい間柄ではない。ところが、いくつかの偶然に後押しされ、ヴェネツィアへのクリスマス旅行に出かけることになった。クリスマスが大嫌いだと言うバルバラの暮らしぶり。スイスとの国境近くに住むという家族の背景。出発当日、犬連れでプラットフォームに現れた彼女のいでたち。ヴェネツィア駅や車内の情景。築五百年の古い宿。冷気がしのびこむ夜の街。町外れのピッツァの店……著者は自身の気配をそっと押しとどめながら、それらを目前に登場させ、扉をつぎつぎに開けてゆく。クリスマス・イブは、特別に用意された舞台装置。そして、バルバラによる記憶の語りによって、旅の収束は意外な方向へ向かう。こうして読者に手渡されるのは、クリスマスをめぐる世界でただひとつの物語だ。

ロベルトからの手紙内田洋子

定価:本体640円+税発売日:2019年04月10日


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