「大きな翼をはばたかせて、悠々と飛ぶ鳥の姿が好きです。その鳥をモチーフにして小説を書きたいと思いました。それがこの小説執筆のきっかけです。鳥といえば海、と興味が広がり、島で働く海女の話に題材が決まりました。海女の仕事は呼吸と水圧との闘いです。その過酷な暮しが海女の体をきたえ、年を取っても現役で働く。今、老人の寿命が延びたというけれど、それよりもっと強靱な島の老婆の姿を描こう。そう思い至ったわけです」
ウミ子、65歳。大分の山間で、魚料理を出す店をやっている。舅、姑、夫は身罷り、娘と息子は関東で家庭を持つ。姪夫婦が店を手伝ってくれているので、ちょくちょく、離島で暮らす92歳の実母イオさんの様子を見に行っている。
「私の友達は6、70代が多いんですが、皆すごく元気で怖いもの知らず(笑)」
イオさんのいる「養生島」はかつて漁業で栄えていた。イオさんも元海女だ。しかし若者らの島離れが続き、島に住むのはイオさんと、長年の海女友達で88歳のソメ子さんだけとなった。ウミ子は母親を本土に連れて行きたいのだが、「鰺坂(あじさか)家代々の墓ば捨てて島を出れてや? とんでもねえ」と一顧だにされない。
「小説中の島々の名前は架空のものですが、長崎の国境離島が頭にありました」
牧歌的な描写の中にきな臭さが漂う。年寄り2人は細々と野菜を育て、釣りをし、一見自給自足だが、プロパンガスや、肉・卵などの生活物資を運ぶ定期船の維持費は年間2000万円だ。近隣の「波多江島」役場の青年・鴫(しぎ)は、それでも島が無人になると中国の密航者に国境を脅かされるので、人に居続けて欲しいと言う。
「鰺坂、鴫、鯨塚……魚や鳥、海獣にちなんだ名前はこの地域に多いんですよ」
イオさんとソメ子さんは、両手を広げたり下ろしたりする「鳥踊り」をしてウミ子を気味悪がらせる。イオさんの夫とソメ子さんの弟はクエ漁から戻らなかった。彼らは荒れる海で鳥に変身した、と信じている彼女らは、死期迫った自分達も、男達を追って、鳥になろうと練習している。
「“鳥踊り”はいいでしょう? だって海が時化(しけ)たら、逃げ場はもう空しかないんだから」
ウミ子と鴫青年は母と息子の如く意気投合する。「国境防衛」に腐心する鴫は、ウミ子に島々の宣伝写真のモデルを頼む。人の行き交いを作り出すことが国防になるのだ。撮影地「沖根島」の宿泊センターを管理するただ一人の住民・鯨塚老人とウミ子は老夫婦のように写真を撮られる。
「古くはこの辺りの島々で、遣唐使船が水や食料を積み込み、空海らは命懸けで先進帝国・唐の文物を目指しました。今はそれが逆になっている」
鯨塚老人も元漁師だった。明治時代、この海域最大の遭難事故で、1000人もが命を落としたが、その後渡りのイソシギの大群が現れたそうだと語る。ウミ子は南太平洋の上空を猛スピードで渡るイソシギの生態を聞き「平和な密航者だ」と思う。
終盤で老女3人が迎える「台風」の描写もすごい。電灯が切れ、蝋燭の明かりで食卓を囲む彼女らの尻の下の古畳が浮き上がる。
「離島に戻ったウミ子が、アワビ採りに海に潜ったソメ子さんを救出に行き逆に溺れかけたり、息子みたいな鴫青年と島々を巡り自然の猛威をサバイバルしたり。これは冒険活劇譚なんです。でも最後の冒険は、未知なる『死』との遭遇で、物語が終わってから、老婆2人で体験するしかない……。それはこの私達の宿題でもあるんです」
むらたきよこ/1945年、福岡県生まれ。77年「水中の声」で九州芸術祭文学賞、87年「鍋の中」で芥川賞、98年「望潮」で川端康成文学賞、2010年『故郷のわが家』で野間文芸賞、14年「ゆうじょこう」で読売文学賞。他に『蕨野行』等。
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