じゃあ、僕の絵を元に、プロに清書してもらえばいいのか。これが、やってみるとうまくいかない。構図は完璧で線も美しいのに、生々しさが消えてしまうのだ。それでは意味がないので、法廷という非日常的な場所に漂う独特の緊張感は、法廷にいる者にしか描けないのだと開き直ることにした。
しかし、新聞やテレビなどのマスコミでそれをやったら大変だ。大事件で写真も公開されている被告人が、似ても似つかない容姿で描かれたら苦情が殺到するだろう。読者や視聴者が見たいのは、写真や動画の撮影が禁じられている公判で、被告人がどんな表情や態度だったかが一発で伝わり、想像力を掻き立てられる絵。そこで、法廷画家の出番となる。
とはいえ、法廷イラストを必要とする裁判が連日開かれるわけではない。各媒体ごとに決まった描き手がいて、依頼があったときだけ法廷に出向いて絵を描くスタイルだろう。本業は挿絵画家やイラストレーターがほとんどのようだ。
大事件を傍聴すると、法廷画家の仕事ぶりを目にすることがある。ノートに描く僕とは違い、彼らが持っているのはスケッチブックだ。驚くのはそのスピードと集中力。短時間のうちに何枚か下描きを済ませてしまうのだ。画風は人それぞれだが、とにかく似ているし、手際の良さに感心させられる。彼らは時間に追われているので、デッサンをあらかた終えるとそそくさと退室していく。その間、せいぜい15~20分。初公判で検察官が起訴状を読み上げている間に席を立つ人さえいるほどだ。事件についての絵を描いているのに、公判の内容はまったく聞いていない。徹底して黒子の立場なのだ。傍聴席には事件関係者から傍聴マニアまでさまざまな人がいるが、彼らほど特殊な存在を他に知らない。
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