でも、どうやって事件に関わっていくのか。前述したように、絵描きが法廷で過ごす時間は短い。法廷でのやり取りをじっくり聞く余裕はない。被告人と知り合いだったりもしない。すみやかにデッサンし、色づけまで行ってTV局のスタッフに絵を渡す仕事を請け負っただけの鉄雄の身に、いったい何が降りかかってくるのだろう。
ミステリの読者は、物語を楽しみながらも、どこに伏線が隠れているか、犯人は誰でどういう結末が用意されているのかを無意識に探っているものだ。どんどん裁判のシステムが分かってくる。画家の仕事ぶりも綿密に描かれる。作者は我孫子武丸なのだから、一時も油断はならじと行間にまで目を光らせて読むに違いない。実際、「なんとなく臭う」描写は点在している。
でも、ずばりと先を見通すことは至難の業だ。ストーリーを明かすことはできないが、裁判が進行するにつれ、鉄雄は意表を突く展開に巻き込まれていくことになる。頼りない叔父を心配する好奇心旺盛な姪の出番も増え、退屈する間もない。そこで読者は、著者の想像以上の大胆不敵さに気づかされることになる。
裁判の進行と絵を描く仕事、この2本柱が一切ぶれないのだ。断固として離れないことを執筆前に決意したみたいに“現場”中心なのである。ふとしたきっかけで弁護人と会話をするといった小さな出来事すら起きない。被告人の様子は描かれるけれど、それにしたって鉄雄が一方的に考えるだけだ。
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