法廷ミステリの大半は、裁判官、弁護士、検察官という法曹三者のいずれかの活躍で事件を解決に導く。しかし、この作品は彼らを一切当てにせず、黒子であるはずの法廷画家、正確には画家の描く絵に焦点を当てた、おそらく本邦初のミステリではないのか?
才能はありそうだが現状は冴えない若者。不穏な気配を感じつつ、仕事を休まないマジメ過ぎる性格。地味なアルバイトなのに、描いた絵がTVに映るというだけで大喜びの家族。本書の背景となるのは、平凡な生活や営みである。それとは対照的に、アルバイトで紛れ込んだ法廷内は非日常性にあふれた場所だ。
平和な日常を、法廷という非日常が徐々に侵食していく様子が怖い。理由は鉄雄の絵にあるらしいが、本人に思い当たるフシはないのがさらに怖い。だって鉄雄にわからないことは読者にもわからないのだ。
鉄雄の身に起こったことは、同じく法廷の絵を描く僕にも起きるかもしれない。救いは画力が著しく低いことだろうか。でなきゃいまごろ自分だって…。これからは胸を張ってヘタな絵を描いていこう。そして、誰かにけなされたらこう言うのだ。「わざとですよ。だって『裁く眼』を読みましたからね」
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