書評

連続殺人裁判の進行と、法廷画がからみあう傑作サスペンス

文: 北尾トロ (ライター)

『裁く眼』(我孫子武丸 著)

『裁く眼』(我孫子武丸 著)

 法廷ミステリの大半は、裁判官、弁護士、検察官という法曹三者のいずれかの活躍で事件を解決に導く。しかし、この作品は彼らを一切当てにせず、黒子であるはずの法廷画家、正確には画家の描く絵に焦点を当てた、おそらく本邦初のミステリではないのか?

 才能はありそうだが現状は冴えない若者。不穏な気配を感じつつ、仕事を休まないマジメ過ぎる性格。地味なアルバイトなのに、描いた絵がTVに映るというだけで大喜びの家族。本書の背景となるのは、平凡な生活や営みである。それとは対照的に、アルバイトで紛れ込んだ法廷内は非日常性にあふれた場所だ。

 平和な日常を、法廷という非日常が徐々に侵食していく様子が怖い。理由は鉄雄の絵にあるらしいが、本人に思い当たるフシはないのがさらに怖い。だって鉄雄にわからないことは読者にもわからないのだ。

 鉄雄の身に起こったことは、同じく法廷の絵を描く僕にも起きるかもしれない。救いは画力が著しく低いことだろうか。でなきゃいまごろ自分だって…。これからは胸を張ってヘタな絵を描いていこう。そして、誰かにけなされたらこう言うのだ。「わざとですよ。だって『裁く眼』を読みましたからね」

裁く眼我孫子武丸

定価:本体780円+税発売日:2019年06月06日


 こちらもおすすめ
インタビューほか京大ミステリ研の先輩・後輩が語る、学生時代の思い出と創作の裏側(前編)(2015.11.09)
書評裁判員制度開始までにできること(2007.05.20)