書評

連続殺人裁判の進行と、法廷画がからみあう傑作サスペンス

文: 北尾トロ (ライター)

『裁く眼』(我孫子武丸 著)

『裁く眼』(我孫子武丸 著)

 裁判傍聴を始めてから、17年ほどになる。公判の見方もメモのとり方も、最初の頃とはずいぶん変わったが、ひとつだけ変わらないのは傍聴イラストを描く習慣だ。傍聴席につくなりノートを広げ、被告人が現れるとすぐにペンを動かして似顔絵のようなものを描くのである。僕が好んで見るのは新聞にも載らない小さな事件。その場で描いておかないと被告人の容姿を文章化しづらいと思って始めたものが習慣となってしまった。

 法廷では、被告人の顔を正面から眺めるチャンスはほとんどない。証言台に立つときは傍聴席に背中を向けているし、被告人席では横顔程度しか見えないので、正面からの立ち姿を見ることのできる入廷時は、顔や髪型の特徴を見極める貴重な機会。悩んでいるヒマはなく、せっせと手を動かす。

 ライターである僕が絵を描く理由は、読者に“現場”の雰囲気をリアルに伝えたいからだ。いや、絵はヘタなんですよ。線はつたなく、デッサンは狂いっぱなしだ。本を出すたびに「あのイラストはどうにかならないか」と読者にお叱りを受ける。そもそも被告人が全然似ていない。それでもやめないのは、落書きみたいな絵の中に、傍聴しながら感じたことのエッセンスがこめられているから。いくら文章に凝ってみても、1枚の絵の持つ情報量はなかなか超えられないのだ。


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裁く眼我孫子武丸

定価:本体780円+税発売日:2019年06月06日