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境界にいる人間が見せてくれた、真っ当過ぎるまでの正義感

境界にいる人間が見せてくれた、真っ当過ぎるまでの正義感

文:誉田龍一 (作家)

『横浜1963』(伊東 潤 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『横浜1963』(伊東 潤 著)

 いきなりだが、著者の伊東潤氏は無類のロックミュージックファンである。そこに敬意を表して言えば、名曲と言われるものはイントロ、それも出だしのフレーズを聴いた瞬間、「ああ、凄い」と胸や頭に衝撃を受けるのが常だ。そしてまさに本書『横浜1963』の冒頭がそうである。

 夕闇迫る横浜新港埠頭の殺風景な景色の中、片手で風よけを作って火をつけた両切りピースを吸いながら、ひとり人待ちする主人公、そして現れる一台の通称チャイニーズ・アイと呼ばれる車……もう、このわずかな冒頭でこの先への確信、すなわち極上のミステリーの始まりだという確信が膨らんでいった。

 伊東氏のこれまでの活躍ぶりは衆人の知るところであるが、あらためて記すと、公式サイトによれば、一九六〇年生まれの氏は外資系企業からコンサルタントを経て、二〇〇七年に『武田家滅亡』でメジャーデビュー、二〇一一年『黒南風の海──加藤清正「文禄・慶長の役」異聞』で本屋が選ぶ時代小説大賞、二〇一三年『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞、『義烈千秋 天狗党西へ』で歴史時代作家クラブ賞(作品賞)、『巨鯨の海』で山田風太郎賞、二〇一四年同作で高校生直木賞、『峠越え』で中山義秀文学賞を受賞、更に直木賞ノミネートは五回に及び、歴史小説における伊東氏の実績とその存在感は圧倒的であり、現在もトップランナーとして次々に作品を書き続けている。

 そんな中で、本作はデビュー十年目にして発表された伊東氏にとっての初ミステリー作品である。タイトルが示すように、東京オリンピックの前年、一九六三年の横浜港で海中から若い女性の遺体が発見される。腹部にはネイビーナイフを連想させる刺傷があり、爪には金髪が挟まっていた。明らかにアメリカ海軍関係者を指し示す証拠だ。アメリカ人の父親と日本人の母親を持つ神奈川県警外事課のソニー沢田は、苦心の末やがてひとりの海軍将校に犯人の目星をつける。しかしそこで上層部からの命令により捜査は打ち切りとなった。米軍という大きな壁に阻まれたのだ。それでもソニーはNIS(海軍犯罪捜査部、現在のNCIS)が動いてくれることに期待するが、日系二世を両親にもつSPショーン坂口に人権を盾にけんもほろろな態度で拒否される。しかし約一ヶ月半後、フランス山で同一犯の犯行と覚しき殺人事件が発生、報告を受けたショーンはソニーとふたりで捜査に乗り出していく。

 期せずしてタッグを組むことになったふたりの捜査官が連続殺人犯を追うという、シンプルなストーリーを淡々とした語り口で綴るハードボイルドミステリーであり、そこには大仰な派手派手しさも外連味(けれんみ)もない。初ミステリーというと肩に力が入るかと思いきや、まるでそのようなところが見られないのだ。その答えが「自著を語る」の中にあった。

「少年時代からドイル、クイーン、クリスティ、『刑事コロンボ』のノベライズ版などを読んできた私は元来、ミステリーが大好きだった。その後もハメット、チャンドラー、松本清張、横溝正史、森村誠一などのミステリーに親しんできたので、ミステリーを書くことに抵抗や不安はなかった」

 実際、何度も伊東氏と話をしたこともあるが、実にミステリーに詳細な知識を持ち、特に海外の翻訳ミステリーへの造詣の深さは半端ではない。そんな氏が「ミステリーを書くことに抵抗や不安はなかった」のは当然であり、もっと言えば自信があったのだと思える。それゆえに、下手な外連など使わず、オーソドックスなミステリーで勝負してきたのであろう。

 むろん、そうした手練れとしては多くのオマージュをちりばめたいところだが、それを抑制し、唯一『刑事コロンボ』へのオマージュとして、第1シーズン最終話『パイルD-3の壁』に出てくる音楽に関するエピソードを引っ張り出してきている。これが、事件の謎を解く大きなきっかけになっているのも、音楽好きの伊東氏らしくて面白い。

 そして単なるミステリーではなく、以下の「天・地・人」の堅牢な三本の柱を立てることによって、作品を骨太の社会派へと昇華させることに成功している。

 まず「天の時」である。一九六三年すなわち昭和三十八年という戦後十八年が経過して高度経済成長の最中、翌年のオリンピック開催に盛り上がる一方で、占領が終わったというのは形ばかりで、駐留米軍の起こした事件に関しては日本警察はまず手が出せないという、著者が描きたかったテーマ「日米関係」の距離感が実に微妙な時であり、そしてそれは今なお引きずられていることからも、現代を映す時代設定になっている。つまり過去を描きながら、実は現代を語っているという、氏が歴史小説において用いてきた手法を、この現代ミステリーにおいても見事なまでに活用しているのが出色である。

 次に「地の利」である。氏は生まれて以来ずっと横浜在住であり、まさに勝手知ったる舞台である。それは時に過剰かと思えるほどの緻密な情景描写を行うことで、舞台となる場所を浮き上がらせて、その場所が持つ独特の雰囲気を読者に感じさせてくれる。また次々に出てくる地名、歩いた者にしか書けない地形の表現などが作品に深いリアリティを与えている。横浜に行ったことのある読者はもちろん、たとえまったく知らない読者でも、横浜の町をあちこち連れて行かれる感覚を味わえるはずだ。そしてその際、読者に示されるのは、横浜の華やかで活気のある表の顔だけではない。暗く、どうしようもない闇の部分も容赦なく突きつけられる。当時の横浜の、見たくない光景、聞くに堪えない声、鼻をつまんでしまうような臭い、背中がぞくりとする怖さも体感することになる。

 ここに興味深い資料がある。氏がアンケートに答えて「私の一冊」として取り上げているのが『ロセアンナ』であった。言わずと知れたマイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーのデビュー作であり『刑事マルティン・ベック』シリーズの記念すべき第一作であるが、そこにコメントも寄せており、以下はその一部である。

「このシリーズの舞台はストックホルムで、初めて読んだ頃、私は無性にそこに行きたかった。というのも、マイとペールは風景や構図の描写が緻密で、鋭敏な感性と多彩な表現力により、ストックホルムという街を(中略)見事に再現していたからだ」

 大変横着で恐縮だが、この文章のストックホルムを横浜に、マイとペールを伊東潤に代えれば、そのまま本書を表現したものになる。初めて読んだ読者は、今となっては叶わぬことだが、それでもきっと一九六三年の横浜に行きたくなるはずだ。

 更に大きな地の利がある。当時の横浜は米軍が多数駐留しており、日本中で最もエキゾチックな色合いを持つ都市であった。それゆえに先に述べた「日米関係」というテーマにぴったりと舞台がはまったのだ。先に舞台設定が決まったのか、テーマが先なのかはともかく、横浜でなければ書けない「日米関係」物語であり、まさに地の利とテーマが見事にコラボレーションしたのである。

 そして最後に「人の和」である。これはもちろん、ふたりの主人公ソニー沢田とショーン坂口のバディ物にしたことだ。ミステリーファンの心をくすぐる「異質のふたりのバディ物」という設定だが、氏は単純な関係にはせず、そこにテーマを載せてくる。最初にも書いたが神奈川県警警察官のソニーはアメリカ人と日本人のハーフであり、身長は一八〇センチを超えて、金髪でアングロサクソン系の白人にしか見えない。一方のアメリカ海軍犯罪捜査部のSPショーン坂口は日系二世の子どもで、身長は一六七センチで一見日本人である。そしてこのふたりはその出自のゆえ、それぞれ日本とアメリカでマージナル・マン、つまり境界にいる人間であって、お互いに通底して共感できる物もあるはずだが、それをあからさまに語り合うこともない。ただ、懸命に事件捜査に取り組むだけである。

 このふたりの設定を勝手に「たすき掛け設定」と呼んでいるのだが、これこそ本作の設定の中でも、最も優れたものであると思う。つまり、この設定によってテーマとする「日米関係」が白人と日本人という多数同士の視点ではなく、日米それぞれの国におけるマイノリティの視点から語られることで、一筋縄ではいかないこの問題の複雑性を浮かび上がらせている。地の利の横浜と同じく、このふたりの主人公の設定が、テーマをくっきりと読者に提示しているのだ。

 そしてそれ以上に特筆したいのは、このふたりが見せてくれた真っ当過ぎるまでの正義感である。ふたりがともに圧力をはねのけて進んでいく姿は大きな見所であろう。更に言えば、ふたりに共通するのは、その正義感がいずれも家族への思いから出てくることである。若くしてその夢や希望を絶たれた女性被害者を、苦労ばかりした末に若くして亡くなった母親にだぶらせて怒りに燃えて捜査するソニー。白人には逆らうなという父の教えを破り、“Do the right thing.”と言い続けた祖父にならって捜査するショーン。差別を受けてきた家族から受け継いだ血が、その原動力になっていったことが素晴らしく、陰惨な事件の中で、読後に清々しさを与えてくれた。

 ところで、この作品が伊東氏唯一の近現代ミステリーになるかと思いきや、近年『ライト マイ ファイア』と『真実の航跡』という作品を立て続けに発表した。前者は「よど号ハイジャック犯の中に公安警察官がいたら」という大胆な仮説を元に、全学連と公安警察の暗闘を描いたスケールの大きな社会派ミステリーである。一方、後者は、戦後すぐの時代を舞台にしたBC級戦犯裁判を題材にした法廷劇だ。双方共に難しい題材だが、そうしたハードルをものともせず、見事な人間ドラマに仕上げているのは、伊東氏が歴史小説を通して培ってきた筆力の賜物だろう。この二作も本作『横浜1963』に劣らぬ出来なので、ぜひ読んでいただきたい。

 これからも伊東氏が、ミステリーを書き続けるかどうかは分からない。だがそのキャリアを閉じる時、伊東氏が「歴史小説家」ではなく「小説家」という肩書で呼ばれるのは間違いないだろう。

文春文庫
横浜1963
伊東潤

定価:803円(税込)発売日:2019年07月10日

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