「全国紙の夕刊連載としてこの作品の依頼を受けた時、時代はこれまで書いてきた古代でもいいけれど、場所は全国的な広がりがあるものにしてほしいというリクエストがありました。そこで頭に浮かんだのが平将門の乱でした」
平安中期、都から千里も離れた辺境の地・坂東で起こった反乱。その棟梁である平将門は、一時は関東一円を支配下に収めて「新皇」を自称する。しかし、たった数週間で朝廷の討伐軍により討たれてしまう。
「関東と関西では、ずいぶん将門に対しての距離感が違うんですよね。関東の人は、神田明神や首塚などがあって将門が身近な存在なのでしょうが、関西ではそんな機会はありません。京都に住んでいる自分が書くなら、正面から書くよりも、別の視点から将門を描きたいと思いました」
そこで本書の主人公となったのが、成田山にて将門討伐の祈を行ったと伝えられる後の大僧正・寛朝だ。敦実親王の長子でありながら、幼くして仁和寺に遣られたが、宇多天皇の血筋をひくゆえ、寺でも様々な教養を身につける。そして、長じてもっとも得意としたのが、経典の読誦法のひとつである梵唄(声明)だった。
「平安時代の音楽といえば、管弦を思い浮かべられる方が多いと思いますが、当時、声のいいお坊様は非常に人気がありました。梵唄は読経の一種ですけど、音階で様々な表現をする点でも現代の歌にも通じます」
かつて都で一世を風靡した楽人・豊原是緒に「至誠の声」の教えを請うため、若き日の寛朝は従僕の千歳を連れ、はるばる武蔵国まで辿り着く。そこで目の当たりにした、都人には信じがたい光景や人々――ある偶然により将門とも知遇を得ることになる。
「もともと『将門記』くらいしか、その実像に触れた史料はないんですが、将門の行動は、結構いきあたりばったりで、坂東全土をあっという間に支配下に置いたものの、その後の戦略があったとは思えない(笑)。ただ、古代に成立した律令制が地方では崩れつつあり、中世の武士たちが台頭していく姿は非常に活き活きしていますね」
タイトル『落花』は、『和漢朗詠集』所収の〈朝踏落花〉から採られた。
「この詩は、秋の野原で急死した朋友を偲ぶ男の姿を描く、能楽の『松虫』という夢幻能で印象的に用いられています。地方の名所旧跡を訪れた都の僧が、その地の亡霊などと出会って古事に触れ、再び都へ戻っていくというのが夢幻能の形式。個人的にはそれもイメージした物語になっています」
さわだとうこ 一九七七年京都府生まれ。二〇一〇年『孤鷹の天』でデビュー、中山義秀賞。一三年『満つる月の如し』で新田次郎賞、本屋が選ぶ時代小説大賞。『若冲』で親鸞賞。
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