澤田瞳子さんは、デビュー作『孤鷹の天』が中山義秀文学賞(史上最年少)、続く『満つる月の如し 仏師・定朝』が新田次郎文学賞を受賞した本格派。最新刊は、奇想の画家・伊藤若冲の知られざる半生を描く意欲作だ。
京都生まれの澤田さんは、幼い頃から若冲に親しんできた。「展覧会の片隅にひっそり展示されるような画家」は、2000年に開かれた没後200年の大回顧展で大ブレイク。「この前まで近所で路上ライブをやっていた人が、いきなり日本武道館に行ってしまった感覚」だったそう。だが、小説を構想したのはある違和感がきっかけだった。
「若冲の作は人物画がほとんどなく、動物画が大半なのです。躍動感あふれるそれらの絵は、“生命の喜びを謳った”と紹介されることもたびたび。でも私が子どもの頃に受けた印象は、むしろ若冲自身の翳りでした。その感覚のずれが、この小説の出発点です」
伊藤若冲は、京都錦小路の青物問屋「枡源」の主人でありながら、家督を早々に弟に譲り描画三昧の日々を送った。当時は、『平安人物志』という文化人人名録の上位に記載されるほどの有名人でもあった。
しかし、明治期以降は長らく忘れられた存在で、残された資料も多くはない。若冲の生涯を追うためには、少ない研究論文や当時の人が残した日記や記録などを読み込むことになる。その地道な作業が、登場人物たちにリアリティを与えた。出来事や一人一人の行動を丹念に追うことで、人物の性格が浮かび上がり、物語が生まれる。
「例えば、滞在先の寺に円山応挙たちが訪ねて来たのに対し、若冲が居留守を使ったと取れる記録がある。若冲は、人付き合いが苦手だったのかと思って調べると、実際その通り。当時の京都の知識階級のネットワークは濃密でしたが、若冲だけがそこから距離を取っていて、文化人同士との付き合いも極めて限定的です。でもそんな中で池大雅とは仲が良く、一緒に梅を見に行くほど親しくしていました。じゃあ二人は何を話していたのか、若冲にとって池大雅はどんな存在だったのかと考えていくと物語が広がっていく。小説を書くとき、少なからず作者の精神状態が反映されますが、絵も同じではないでしょうか。彼が何を考えながら絵を描いたのか、彼の絵にはどんな思いが秘められているのか、史料とつき合わせながら想像することは、ミステリーの謎解きのように面白かったです。この物語の若冲像が正しいかはわかりません。でも、自分としては突き詰められたんじゃないかと。読者にも若冲の息遣いを感じていただければ幸いです」
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