書評

この小説を読む辛抱と時間がない現代人は、さっさとお墓に入ればいい

文: 養老孟司 (解剖学者)

『悪声』(いしいしんじ 著)

『悪声』(いしいしんじ 著)

 軽率なことをした。読み始めてまずそう思った。上橋菜穂子、宮部みゆき推薦とあるから、そういうタイプの作品だと勝手に考えた。それならいくつか読んだ経験があるから、解説くらい、なんとか書けるだろう。

 甘く見てはいけない。上橋、宮部ふうの作品であれば、筋を追うことで、ごまかすことができる。簡単にわかったつもり、読んだつもりになれる。この作品では、そうはいかない。久しぶりに、何日かかけて、一つの作品を文字通り読破した。一部分を持ち歩いて読んだから、本をバラバラに壊したのである。

 冒頭は廃寺のコケの上に置かれた「なにか」だが、やがて赤ん坊だとわかる。赤ん坊だから、腹が空いた、と泣く。仕方がないから、コケは千年前に使ったきりの手を使う。すると本堂から若い女が現われ、スリッパを脱ぎ捨て、「なにか」に乳をのませる。「左乳房の上部に、北斗七星のひしゃくの形の刺青(いれずみ)が施(ほどこ)されてあった。」

 コケになんでそんなことができるんだ。そういうことは訊かないでほしい。私は女が脱いだスリッパが何十も溜まるのが気になった。だって何度も乳を飲ませに来て、そのたびにスリッパを脱ぐから、スリッパが溜まる。私のなかでは、スリッパはまだ溜まったままである。解決はない。

悪声いしい しんじ

定価:本体960円+税発売日:2019年08月06日


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