小説を書いている間の、喜びも苦しみも、まあだいたい、わかったつもりになっていました。楽しいこともあれば辛いこともある。そんなの当たり前。それでも一行一行書きつづけるだけ、そう思って、二十数年、やってきました。
ところがところが、この、『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』を書いている間、なんといったらいいか、そういう、自分の知っているレベルをはるかに突き抜けた喜び、楽しさが味わえたのです。むろん、苦しいときもあるにはありましたが、ともかく、ありえないくらいに書くことが楽しかった。
もう、ほんとにこれで充分だ、と思っていました。こんな幸せ、そうないよなー、と。これ以上、望むことはなにもない。
それなのに、思いがけず、この小説で直木賞をいただきました。
またべつの(味わったことのない)喜びに浸れるなんて……。
また一行一行、書きつづけていきます。
プロフィール
大島真寿美
1962年生まれ。92年「春の手品師」で第74回文學界新人賞を受賞しデビュー。
〈作品〉『チョコリエッタ』2003年角川書店刊。『虹色天気雨』06年小学館刊。『ふじこさん』07年講談社刊(「春の手品師」併録)。『戦友の恋』09年角川書店刊。『ビターシュガー』10年小学館刊。『ピエタ』11年ポプラ社刊=第 9 回本屋大賞第 3 位。『あなたの本当の人生は』14年文藝春秋刊=第152回直木賞候補。『空に牡丹』15年小学館刊。『ツタよ、ツタ』16年実業之日本社刊。『モモコとうさぎ』18年KADOKAWA刊、他。
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