インタビューほか

読んでから観る? 観てから読む? 小説と人形浄瑠璃の幸せな関係

「週刊文春」編集部

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(大島真寿美 著)

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び(うず いもせやまおんなていきん たまむすび)』(大島真寿美 著)

 大島真寿美さんの新作の主人公は、18世紀後半に大坂で活躍した浄瑠璃作者・近松半二。歌舞伎に押され勢いを失いかけた人形浄瑠璃を、『妹背山婦女庭訓』『伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)』などのヒットで再興した人物だ。現代小説をメインに書いてきた大島さんがなぜ江戸時代を舞台に選んだのか。

「昔から歌舞伎が好きで、編集者から歌舞伎を題材に書くように勧められたんですが、小説はそんなに簡単じゃない(笑)。でもなぜか『妹背山』ならば書ける気がしました。特に恋に身を焦がす酒屋の町娘・お三輪ちゃんが大好きで。もともとは文楽(浄瑠璃)の演目なので、作者の半二に自然と興味が向かいました」

 儒学者・穂積以貫(ほづみいかん)の次男・半二は、浄瑠璃狂いの父に連れられ、幼い頃から道頓堀の芝居小屋に入り浸る。学問そっちのけの息子を母は厳しく叱責するが、父は彼に人形浄瑠璃を興した近松門左衛門先生ご愛用の硯(すずり)を託し、「お前はな、いつか浄瑠璃が書きとうなる」と告げる。

「半二と門左衛門に血縁関係はないのですが、半二が硯を持っていたのは史実。父・以貫は近松の“虚実皮膜論”の聞き書きをした人物で、以貫から息子に譲られた可能性は十分ありますね」

 やがて半二は『義経千本桜』などの名作で賑わう竹本座に出入りし、雑用をこなしたり、酒を奢られたりするようになる。半二に書け、書け、と迫るのは人形遣い・初代吉田文三郎だ。

「現代のように3人で操る人形を発明した文三郎は、“人形浄瑠璃はもっとようなる”という執念で周囲を巻き込むキャラクター。私の創作の部分も大きいですが、文楽の歴史を繙くと、特に人形遣いに芸に打ち込む強烈な人物が多い。浮き沈みを経つつも文楽が継承されてきたのは、文三郎のような人が心血を注いできたからでしょう」

 半二は道頓堀にたむろする作者連中と競作、合作しながら腕を磨いていく。廻り舞台など次々と新機軸を打ち出した、歌舞伎作者の並木正三。競合する豊竹座で『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』を書いた菅専助。他人の作品から着想を得て直ぐに己れの作品を発表していく様は、著作権にしばられる現代から見れば実に大らかだ。

「よりいい芝居を作らないとお客さんが逃げてしまうと、みんな真剣に盗み合っていたのだと思います」

 座付作者として斜陽気味の竹本座を背負う立場となった半二だが、ある夜、大坂の空の闇が赤く染まるのを見て「なにが絵空事でなにが絵空事でないんか、わかったもんやない」と、いよいよ肝心の『妹背山婦女庭訓』に駆り立てられる。

「当時大坂でオーロラ(赤気・せっき)が観測された記録が残っているんです。私も20代の頃オーロラを見たことがあり、その時に味わった感覚も活きました」

『妹背山』は大化の改新を背景とし、前半は「日本のロミオとジュリエット」というべき悲恋物語がメイン。後半は三角関係の中で恋敵への嫉妬に狂うお三輪が物語を動かす。

「『疑着(ぎちゃく)の相』――嫉妬する若い女の生き血が世界を救う。文学作品で“嫉妬が何かの役に立つ”という発想は見たことがなく、半二のオリジナルでしょうね」

 およそ「婦女庭訓(女が守るべきおきて)」にそぐわない展開は共感を呼び、作品は大当たり。時代を超えたヒロインとして人々を今なお魅了する。5月には東京国立劇場で15年ぶりに『妹背山婦女庭訓』が通し上演される。大序「大内の段」は98年ぶりの復活だ。

「読んで実際観られる貴重な機会。きっと半二が導いた縁だと興奮しています」


おおしまますみ/1962年、愛知県生まれ。92年「春の手品師」で文學界新人賞。『ピエタ』は2012年本屋大賞3位、『あなたの本当の人生は』は14年直木賞候補となる。『戦友の恋』『ゼラニウムの庭』『モモコとうさぎ』など著書多数。

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大島真寿美

定価:本体1,850円+税発売日:2019年03月11日


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