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倦怠・孤独・怒り・崩壊…『影裏』が放つ暗いきらめき

倦怠・孤独・怒り・崩壊…『影裏』が放つ暗いきらめき

文:大塚真祐子 (書店員)

『影裏』(沼田真佑 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『影裏』(沼田真佑 著)

〈未来はもちろん、暗澹(あんたん)としている。(略)人生六十年とか八十年とか、各様にいうけれど、そうまで長くこの世に生きていなくても、人生というのがどんなにか粗雑で理不尽なものか、わたしにだってわかる気がする。〉(「廃屋の眺め」)

〈何かに帰属していなければと不安を感じる。こんな傾向が、今後は老年に向けて著しくなる一方なのかと考えてみると、それもまた若い日の自閉と同様に、つまるところ自己愛にのみつながるようで、もの足りなくなる。〉(「陶片」)

「廃屋の眺め」と「陶片」、それぞれの語り手は、年齢も社会的立場においても近いところに生きている。まるで対をなすような前述のモノローグは、端的にそのことを表しているが、二〇一九年に発表された「陶片」では、語り手である“わたし”=香生子(かなこ)の心象が、より具体的に描かれる。

「陶片」という題名が直接に意味するのは、香生子の新しい趣味となった、浜辺に散らばる陶器の破片集めである。が、冒頭の香炉の破損、義兄の前妻が蒐集する爪の欠片など、この物語にはあらゆる断片が書かれている。断片や破片の前にあるのは亀裂や破壊であり、〈そもそもこの日浅という男は、それがどういう種類のものごとであれ、何か大きなものの崩壊に脆く感動しやすくできていた〉という「影裏」の名文を彷彿とさせるが、この作品において崩壊は次のように語られる。

文春文庫
影裏
沼田真佑

定価:605円(税込)発売日:2019年09月03日

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