特集

ジョン・フォード論 序章 フォードを論じるために

文: 蓮實重彦

文學界12月号

「文學界 12月号」(文藝春秋 編)

憎悪は増殖する

 アルジェリア戦争のさなかに徴兵を忌避したことで母国フランスには住めなくなり、亡命先の西ドイツ――ベルリンの壁の崩壊よりはるか以前のことである――でダニエル・ユイレ Danièle Huillet とともに難儀しながら映画活動を始めたジャン=マリー・ストローブ Jean-Marie Straub は、やがて『妥協せざる人々』(Nicht versöhnt oder Es hilft nur Gewalt, wo Gewalt herrscht, 1965)や『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』(Chronik der Anna Magdalena Bach, 1968)の成功で、ニュージャーマン・シネマの中心的な逸材と見なされるようになる。そのストローブは、1975年、共同監督の地位にある伴侶のダニエルをともない、晴れて合衆国に足を踏み入れる。亡命者として、西ドイツをはじめ、スイスやイタリアに住むこともあった彼らにとって、これが初めてのアメリカ訪問である。ふたりの最近作『モーゼとアロン』(Moses und Aron, 1975)が、ニューヨーク映画祭の招待作品に選出されたからだ。

 彼らの作品の日本初公開は『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』が1985年のことだから、これは異例に早い国際的な認知の機会だといえる。だが、用意されていたニューヨークのホテルに着くなり、この厄介な亡命者たちは、いきなりジョン・フォード John Ford の映画が見たいといいだして、映画祭のプログラム・ディレクターであるリチャード・ラウド Richard Roud を混乱に陥れる。いったい、なぜ、いま、ジョン・フォードなのか。そこにストローブ=ユイレの側からの挑発の意図があったとは思わないが、なぜフォードなのかが、ラウドにはまったく理解できなかったのである。

文學界 12月号

2019年12月号 / 11月7日発売
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