特集

おぼれる心臓

文: 坂上秋成

文學界12月号

「文學界 12月号」(文藝春秋 編)

 チーム練習を終えた後、ひとりグラウンドで芝の感触をたしかめながら、ゆっくりとボールを前に蹴り出した。転がっていく球に向かって走り、足の裏で止める。むずかしいことは考えず、単純な運動を繰り返す。少しひたいに汗が滲んだところでリフティングを始める。足の甲、太もも、両肩、かかと、頭。ボールを地面に落とさないよう、リズムよく全身を使う。この場では誰も私を見ていない。かたむき始めた陽の光がピッチに射しこんだ。水気を残した芝が橙色に輝いている。何に気を遣うこともなくボールと戯れていると、ほほの筋肉はゆるむ。心臓の鼓動が速くなり、呼吸は荒いものへと変わっていく。

 三百二十三回を数えたところで、ボールは私の身体を離れていった。右肩で球を跳ね上げる際に少し力を入れすぎてしまった。回転しながら芝の上を流れていくボールを追うと、その先にモーガンの姿があった。彼はすでにジャージ姿ではなくスーツに着替え、高そうな革靴で軽くボールを蹴り返してきた。戻せ戻せというジェスチャーを受けて、私も球を返す。無言のままパス交換が続いた。

文學界 12月号

2019年12月号 / 11月7日発売
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