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シベリアに1000人近い日本女性が抑留されていた!

シベリアに1000人近い日本女性が抑留されていた!

文:小柳ちひろ

数々の賞を受賞した「NHK BS1スペシャル」の話題作がついに書籍化


ジャンル : #ノンフィクション

『女たちのシベリア抑留』(小柳ちひろ 著)

 日本の敗戦後、満州や北朝鮮、樺太、千島列島から、ソ連、およびモンゴルの収容所に抑留された日本人は、厚生労働省の調べによれば、およそ五七万五〇〇〇人。その中に「数百人の女性もいた」という事実は、シベリア抑留について総括的に書かれた書物の中で必ず触れられている。しかし、女性たちがどのような経緯で抑留され、何を経験したのかについてはほとんど記述されていない。シベリアに女性も抑留されたという事実は、多くの場合「女性すらも容赦なく連行した」ソ連の非道さを強調するための枕詞に留まっている。

 なぜ、女性たちの存在は忘れられてしまったのか。誰かが意図的にその存在を隠したのか。それとも、誰も注意を払わなかっただけなのか。

歴史から消された女性たち

 実は私自身も、女性抑留者の存在に気付きながら、その前を素通りしたことがある。

 テレビドキュメンタリーのディレクターである私が初めてシベリア抑留について取材することになったのは、二〇一〇年にNHKスペシャル「引き裂かれた歳月 証言記録シベリア抑留」の制作に携わった時のことだ。その時、ロシア取材を担当していた栗田和久ディレクターが持ち帰った、ある地方公文書館に所蔵されているアルバムの複写を見た。アルバムは、収容所当局が日本人抑留者を撮影した写真を収めたものだ。収容所当局と日本人の良好な関係を強調した、多分にプロパガンダ色の濃いものだったが、その中に、日本への帰国を前に整列する女性抑留者たちの写真があった。ロシア語で「ナホトカのアクチブたち」と手書きのキャプションがついたページには、数人の若い兵士たちに混じり、溌剌とした笑顔を見せているおさげ髪の若い女性もいた。名前を確かめると、前述の「ナホトカのジャンヌ・ダルク」と呼ばれたS子さんだった。彼女の名前は、全国抑留者補償協議会を結成し初代会長を務めた斎藤六郎氏の著作にも登場する。

「女性もソ連の捕虜になったのか。どれほど苦労したことだろう」とその時思った。しかし、この時の取材のテーマは、シベリアの民主運動と、それによって引き裂かれた日本人抑留者たちの対立を浮かび上がらせることだった。限られた取材期間の中で、なすべきことは山ほどある。なぜ民主運動が日本人抑留者の間に広がったのか。運動を主導したのは誰か。五七万人もの人々が体験した巨大な時代の潮流を、約五〇分のストーリーにまとめるためには、最大公約数的な体験を描くための情報収集を優先せざるを得ない。女性抑留者は民主運動の根幹に関わった存在ではない。それゆえ女性の抑留という特異な側面を盛り込むことは難しいと思われた。

 それに、女性でありながらソ連の捕虜になった人たちにとって、抑留生活は忘れたい記憶に違いない。現在、どこかで静かに人生の最晩年を過ごしている彼女たちを探し出し、当時を語って欲しいと望むこと自体、取材とはいえ、あまりにも失礼なのではないだろうか──。

 シベリア民主運動の取材は非常に難しかった。抑留当時、アクチブとして共産主義に傾倒していたはずの多くの人が、取材の申し込みに対し、狼狽し、平静さを失った。多くの人は、シベリアの収容所という異常な環境で、イデオロギーに熱狂した自らの過去を恥じているように感じられた。ロシアの地方公文書館に残るアルバムの中で、無邪気に笑っている「ナホトカのジャンヌ・ダルク」ことS子さんもまた、当時の記憶を忘れたいと思っているかもしれなかった。

 

 しかし、その後も数年にわたり、あの戦争の時代に生きた人々の取材を続ける中で、忘れられた女性たちの存在が気になってきた。

 戦争について取材する場合、対象者の多くは男性である。しかし時折、男性たちの妻や姉妹など、女性たちの話を聞くと、はっとするような真実が立ち現れる瞬間があった。

 女性たちが自ら語り、書き残した記録は非常に少ない。そして歴史について書かれた書物も、多くは男性の書き手によるもので、女性たちを描くために割かれているページは少ない。

 だからこそ、女性たちの存在に気付いた者がその声を聞き、記録を残さなければ、彼女たちの存在は消えてしまうのではないか。

 私は、シベリアに抑留された女性たちを探すことにした。

 二〇一四年一月から取材を開始し、手がかりが見つからないまま、あっという間に二か月が過ぎた。ようやく一人の女性元抑留者に会えたのは、三月九日のことだった。

単行本
女たちのシベリア抑留
小柳ちひろ

定価:1,870円(税込)発売日:2019年12月13日

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